2016年1月7日木曜日

腫れ物デキモノ系

 先月中旬くらいから、顔にできたイボが急成長し始めた。その数3つ。しばらく様子をみたが一向に沈静化せず、ジワジワ大きくなってくる。
 折しも殺人的ライブスケジュールに追われている真っ最中で、皮膚科に行こうにも、全く時間がとれない。喉を始めとする体調は厳重に管理していて、順調にスケジュールを消化していたが、身体は実に正直。どこかに歪みが出るものらしい。

 年末で全てのライブ予定を無事にこなし、それに合わせるように額にあったイボは小さくなり、気にならなくなった。しかし、左頬と鼻の右にできたイボは沈静化しない。今日は以前から通っている近隣の皮膚科に行くことにした。
 木曜の午前9〜11時のみ受付けるという大学病院付属の皮膚科だが、水虫やイボの治療で10年以上通っているので、過去のカルテも蓄積されている。不便だが、簡単に変えるわけにはいかない。
 水虫の薬をもらうという妻も同行。普段は軽く1時間は待たされるというが、寒さと年頭のせいか、患者は少なめ。20分ほど待っただけで診てもらえた。

 左頬のイボは10年くらい前にも一度処置してもらったが、再発したらしい。鼻の右は小豆ほどにまで大きくなっていたが、ごく普通のイボという診断。その場でいつものように液体窒素で治療してもらったが、久しぶりなので痛いのなんの。
 順調なら、処置した部分が次第に黒く壊死し、やがてポロリととれる。しかし、大きくなると一度ではとれず、再度処置する必要がある。確認のため、数週間後にもう一度来るよう言われた。

 どうも腫れ物デキモノ系の体質らしく、過去には背中や脇腹にも大きな腫れ物ができて、メスで切ってもらったことがある。いずれも病理検査で良性だったが、たかが腫れ物でも油断はできない。

2016年1月5日火曜日

ペンギン歩きで用足し

 昨年末に今月分の食費を準備しておくのを忘れていたので、午後から郵便局に出かけた。
 空はすっきり晴れ渡って、まるで関東の冬のよう。このところの運動不足がたたって、昨日の外出でちょっと歩いたら、軽い腰痛に襲われた。寒いが、今日はマフラーやオーバーズボンで重装備し、徒歩で用足し。

 雪は平年値の半分以下という異常気象だが、寒さはなぜか平年なみ。道路はツルツルで、長年培った北国の必須歩行術「ペンギン歩き」を駆使しても、うかうかすると転びそうになる。
 日中でも気温はマイナス3度ほど。あまりの寒さにたまらず、中間地点のスーパーに寄って暖を取る。


 まずスーパーATMで明日給油にくる灯油代を下ろす。昨年末にやった仕事のお金が振り込まれているかどうか、通帳で確かめていたら、次の人がやってくる。場所を譲ったら、「お金取るの忘れてますよ」と声をかけられた。注意力散漫、危ない危ない。
 30代の頃にも、同様にATMで2万円を取り忘れたことがある。そのときは家に戻ってから気づき、あわてて銀行に走ったら現金は消えていて、銀行窓口にも届いてなかった。銀行側がATM履歴から次の利用者に連絡をとってくれて、翌日にお金は無事に戻ったが、冷や汗ものだ。

 このほか、ポケットから免許証を2度落としたことがあるが、なぜか2度とも戻った。妻にも同様の失敗がいくつかあるが、名誉のため詳細は記さない。
 年越しの費用には、妻と私で1万円ずつを準備したが、5千円余った。つまり、今年の年越し費用は飲み物も含めて、1万5千円で済んだということ。
 息子たちがいろいろ持ってきてくれるので、以前よりも負担は少なくなった。3人の子育ては大変だったが、生きているうちにそのお返しをしてもらっている。

 1月の食費は余った分を加味し、郵便局ではいつもより減らして下ろした。相変わらずつましい。

2016年1月4日月曜日

オヤジのウンチク

 年末年始休暇を終え、道南の都市に戻る末の息子を送りがてら、妻と共に都心のJRタワー・ステラプレイスへと向かう。ここ数年の恒例行事となりつつあるが、列車が出る前にステラプレイス内にあるウドン屋で昼食を食べるためだ。
 駐車場から地下鉄駅までの道路に雪はほとんどないが、凍結してツルツル状態。妻は私や息子にぶらさがって歩くような状況だった。



 それぞれ思い思いのウドンを注文したが、私は40年前のサラリーマン時代、現場代人として8ヶ月住んだ高松を思い出して、ウドンとかやくご飯の讃岐定食をオーダー。懐かしく食べた。

 その後、ウェストタワーの大丸デパート内にあるイノダコーヒーに行き、時間ぎりぎりまで珈琲を飲みつつ、ヨタ話にふける。
仕事はやる人間、やる気のある人間に集まってくる」という、かねてから息子に伝授していたウンチクの意味が、最近ようやく分かった、などと息子がのたまう。社会人になってはや10年目。そんな世の不条理が理解できる年になったということか。

2016年1月1日金曜日

復活マテウス・ロゼ

 昨今のアルコール節制のせいか、めっきり酒に弱くなったらしい。昨夜はビール小1缶にお銚子2本ほどを飲んだだけだが、すっかり酔ってしまった。年越し後の零時過ぎに、早々に床につく。

 明け方4時、暑くて目がさめた。2階の温度を見ると、21度近くもある。南国育ちのお嫁さんが泊まっているので、就寝時のボイラ温度設定をやや高めにして寝たが、予想よりも気温は下がっていない。
 暑すぎては寝苦しいだけなので、階下に降りて最低目盛に設定し直す。


 9時前には家族全員が起きだして、我が家にしては珍しく早く、9時半くらいから元旦の宴が始まる。前夜もさんざ食べて飲んだばかりだが、これぞ正月である。
 定番のオセチ料理がいつものように食卓に並ぶ。年末にテーブル天板をリメイクしたので、同じ料理でもいっそう美味そうに映えるから不思議。
 今年のナマモノは定番のマグロに加え、ホタテと北寄貝が並んだ。ホタテは妻の、北寄貝は私の希望である。
 仕事がバリバリあった時期にはアワビの酒蒸しが必ず並んだが、数年前からやめた。時に応じて酒も食べ物も、そして住まいも変わってゆく。


 そんななかで、唯一今年「復活」したものがある。以前に元旦の定番だった乾杯用のワイン、「マテウス・ロゼ」である。
 妻とスーパーで暮れの買物をしていたら、ワイン売場で偶然目に入った。ポルトガル製の発泡ワインで、口当たりがとてもいい。上品な桜色が正月気分に色を添える。

 新居に越してからは、いつの間にか小樽ワインのロゼに変わってしまったが、最近はこの小樽ワインロゼが手に入りにくくなり、似た色合いのシードルワインを買ったりしていた。
 ブログを調べても、前回の正月マテウス・ロゼがいつだったのか、記録に残っていない。以前は濃い緑色の瓶が特徴だったが、いつしか透明瓶に変わり、貼ってあるラベルも新しくなった。しかし、味は懐かしい昔のままだ。

 夜、長男夫婦を車で家に送り届けてから風呂に入り、体重を量ってみたら、この2日で1.5キロも太っていた。のんびりしつつ美味いものを飲み食いすれば太る。身体は正直だ。

2015年12月31日木曜日

5人年越し

 長男夫婦の突然のインフルエンザ感染により、昨年は叶わなかった家族5人での年越しが、今年は無事にやれた。
 首都圏在住の長女夫婦は、夫の実家がある九州で年越し。それぞれの地域で、それぞれの家族が、無事に新年を迎えられそうである。


 昨日から帰省中の末息子が手配した豪華なタラバガニとズワイガニを食べ、紅白を横目で観ながら、年に一度しか飲まない高級ビールや日本酒を飲んで過ごす。
 今年の反省とか、来年にむけての抱負とか、記すべき事柄もないではないが、ほどよく酔いも回っていい気分なので、今日はやめておく。

 この1年間、飽きもせずにブログを読んでいただいたみなさま、どうもありがとうございました。日々の訪問カウントを励みに、気力体力の続く限り、続けていきたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。

2015年12月30日水曜日

時は虹のように過ぎゆく

 連日続いたライブを昨日でようやく無事に終わらせたが、身体はまだ臨戦態勢のようだった。今日も早めに目が覚めたので、そのまま起きて残った年末雑事を片づけることにする。
 まずは鏡餅やゲタ箱上の正月飾りをやろうとしたら、妻から不意にマッタがかかる。
「飾る前に、もう一度掃除機かけて」

 殺人的ライブスケジュールに合わせて早めに大掃除を済ませたのはよいが、あまりに早すぎたせいで、あちこちに新たなホコリが溜まっている。それをざっと払ってから飾りつけをしてくださいな、というのが妻の要望だった。
 もっともな指摘だったので、もう一度2階から掃除機をかけ直すことに。思いがけず掃除のし忘れた場所を見つけたりし、けっこうな時間を費やした。


 その後ようやく飾りつけにとりかかる。来年の干支やカレンダーも含めていろいろやって、全部終わった頃はすでに12時を大きく回っている。
 この日の昼食は忘年会をかね、平日90円の回転寿司で食べることになっていたが、いざ外に出てみると昨夜来の雪は予想以上に深く、軽く20センチは積もっていた。除雪をしないと車は出せそうになく、急きょ床下から電動除雪機を引っ張りだし、今冬初めて本格的な除雪作業をした。
 寿司を食べ終えたら、空は次第に晴れてきた。その足で母の暮らす施設に行き、今年最後の面会。30分ほどあれこれ話して、帰りは2つのスーパーに寄り、年越し用の食材を調達する。


 帰宅後、29年もの長い期間、クリスマスと新年のカードをやりとりしているカナダの友人あてに、新年のカードをしたためる。
 小学校の国際交流で子供が我が家に1週間ホームスティしたのが縁だが、当時11歳だった子がいまや40歳。結婚して3人の子持ちとなった。夢のような月日の流れを感じる。

 毎年恒例の近況報告だが、数枚の家族写真を同封し、カードには心境として、
「Time goes like a rainbow.」(時は虹のように過ぎ去ってゆく)と、慣用句をもじったフレーズを今年は記す。
「Time goes like an arrow.(光陰矢のごとし)」が本来の使い方だが、鮮やかに輝いて夢のように消え去る人生の儚さと愛しさとが、うまく表れている詩篇ではないかと、一人悦に入る年末のひととき。

2015年12月29日火曜日

歌い納めて新境地

 今年のラスト、通算70回目となる年末忘年ライブを遠方のデイサービスで実施。年間ライブ数も過去最大だが、クリスマスを過ぎて年末ギリギリまで歌い続けたのも初めてのこと。体調面での漠然とした不安はあるにせよ、今後の自分が進むべき方向性を示している気がする。

 今回の施設で歌うのは実に今年4度目。一昨年夏にネット経由で初めて依頼されてから、通算でも8度目となり、熱い信頼関係が続いている。
 曜日ごとに利用者は異なるが、私が歌うと知って曜日のシフトを飛び越えて聴きにくる方もいて、例によって問題になるのは、歌い過ぎによって飽きられること。そんな状況を察してか、担当のTさんは依頼にあたって「今回は聴き手の事情や嗜好を気にせず、菊地さんの好きな曲を好きなように歌ってください」という、信じ難いような配慮をいただいた。
 とはいえ、場はあくまでデイサービスである。リスクを避けてごく普通に介護施設系冬メニューで無難に乗り切ろうかとも一時は思った。しかし、ある意味ではいろいろ試せるチャンスである。ここは守りに入らず、攻めてみるべきだ。
 Tさんの言葉に甘える形で、これまで介護施設ではほとんど歌ったことがない曲を中心に14曲をセレクト。予備としてさらに3曲を準備した。

 前日にTさんから確認の電話があり、「酒と泪と男と女」のリクエストが利用者から出たこと、オリジナルを1曲入れて欲しいことの要望がある。偶然だが、「酒と…」はすでにセットリストに入れてあった。


 凍てつく真冬日が延々続き、道路の渋滞が予想されたのでかなり早めに家を出たが、予想外に流れはスムーズ。開始30分も前に先方に着いてしまった。
 予定ちょうどの15時から開始。求められるままにアンコールを重ねつつ、結果として1時間10分で19曲を歌う。(※はリクエスト)

「大空と大地の中で」「北の旅人(南こうせつ)」「小樽のひとよ」「二輪草」「時代」「酒と泪と男と女※」「つぐない」「津軽海峡・冬景色」「あなたにメロディ(オリジナル)」「サン・トワ・マミー」「函館の女」「冬のリヴィエラ」「愛燦々」
〜アンコールステージ
「糸※」「時の流れに身をまかせ※」「矢切の渡し」「舟唄」「天使のウィンク」「また逢う日まで」
 フォーク系と昭和歌謡系を2曲ずつセットにし、交互に歌う。中ほどでアクセントとしてオリジナルとシャンソンをはさむ苦心の構成だ。
 曲の選択基準には迷ったが、結果として最近チカチカパフォーマンスで採用してる「本日のお勧め」から多くを選んだ。基本的にはこれが「いま自分が歌いたい曲」であり、特定の歌手の曲でも、一番好きな歌を選んで歌った。

 歌い始めるまでは、かなりの不安があった。「好きなように」などといっても、場からの支持がない場合、果たしてそのまま歌い続けられるものなのか…?
 しかし、歌い進むうちに、そんな不安は吹き飛んだ。手拍子の出る曲は5曲目の「二輪草」くらいだったが、他は手拍子や一緒に歌う人はなくとも、聴き手の集中する「気」が肌身で感じられ、熱心に聴いてくれているのが歌っていて分かった。「2曲ずつのセット」という進め方も効果的だったように思える。


 ラストは年末に相応しく「また逢う日まで」で終わろうと決めていたので、事前にその旨を職員さんに告げ、40分くらいでラストひとつ前の「愛燦々」を歌い終える。特に要望がなければラストに進むつもりでいたら、何と複数の若い職員さんから、「糸」が聴きたい!との強い要望。
 前半で歌った「時代」に続く中島みゆきの世界だが、前日のデイサービスでも中島みゆきのリクエストが出たばかり。北海道では場を選ばず、松山千春に続き中島みゆきもこれまた強いと悟った。

 その後、熱くなった場はなかなか収まらない。聴き手の体調が心配で、1曲ごとに確認しつつ進めるような状況だったが、「ずっと聴いていたい!」という歌い手冥利につきる声援までもらい、求められるままに予備曲まで全て歌うことに。
 時計は開始1時間を過ぎ、歌っている私の喉の調子は尻上がりによくなったが、最高齢92歳という聴き手にとっては、さすがに長過ぎる。18曲を歌った時点で、ようやくお開きということで話がまとまる。
 ラストの「また逢う日まで」は、この日数少ない手拍子で歌える曲だった。最後は賑やかに締めたかったこともあって、ここでは事前にMCで手拍子を誘導した。
 短い曲だが、これが大変な盛り上がりよう。それまで胸に溜まっていた感情が一気に吹き出したような感じで、途中で両手を頭上にかかげ、リズムに合わせて左右に大きく振る方が続出。手拍子まではよくあるが、こうした聴き手のパフォーマンスは初めての経験。まるで若者中心のライブハウスのようなノリである。
 誰かが誘導したわけでなく、聴き手からの自然発生だったので、私はもちろん、立ち会った職員さんもびっくりしていた。

 終わってみれば、介護施設系では初めてとなる1時間10分という休憩なしの長時間ライブを記録。延べ19曲を歌ったのも初めてのことで、何かと初めてづくしの日だった。
 当初は不安もあったが、介護施設でこのような新しい構成でも十二分にやれるということが分かり、自分の新境地を拓いた思い。
 終了後も場にはしばしの余韻が残り、「また逢う日まで〜♪」と楽しげに歌い続ける声が、ホール内のあちこちに響いていた。