2014年9月10日水曜日

チカチカ経由の初ライブ

 GW直後に依頼され、3週間前に会場下見とプログラム調整を済ませていた町内会女性部サロンの余興に出演。以前にもふれたが、今回のライブはチカチカパフォーマンスで私の歌を偶然4度も聴いてくださった方からの依頼である。
 私よりひと回り以上も若い方だが、この春に地元町内会女性部長に就任し、女性部のイベントに新しい風を吹き込みたいとの意向で、声をかけてくださった。

 会場は札幌南部、札幌ドームのすぐ近く。自宅から25キロほど離れた地区なので、直前のリハもそこそこに、11時過ぎに家を出る。
 12時過ぎに会場到着。開始は午前10時30分からで、第1部は市民活動家の深町さんによる原発の勉強会があり、私の担当は昼食後の第2部。硬い話のあと場を和ませ、リラックスしてもらう役割と思われた。


 会場となる町内会館は決して新しくはないが、手入れの行き届いた清潔な印象の建物。みなさんちょうど食事を始めたところで、私も五目オニギリを1個だけいただく。その後設営に入り、ライブ終了後の抽選会などの打合せ。

 実はこの日、オリジナルCDを町内会で買っていただき、参加者に抽選で進呈することになっていた。その抽選役が私。
 当初は5枚のはずだったが、会場で頒布価格(500円)を告げると、1枚千円で予算を組んでいたという。CDは15枚持参していたので、急きょ買い上げ分を10枚に増やし、残りの5枚を抽選に外れた方への販売分とすることに。
 予定より10分早く、12時40分からライブ開始。聴き手は35名で、当然ながら全員が女性。当初は15名前後の参加数だったが、締切直前になって急に増えたという。加入世帯数は200弱と聞いていたので、この種のイベントとしては、かなり多い印象がする。
 女性部のイベントなので、構成はそれを意識した叙情性の強いものとなった。つまりは、私の最も得意とする路線である。アンコールを含め、およそ50分で12曲を歌う。

「ラストダンスは私に」「サン・トワ・マミー」「愛燦々(リクエスト)」「少年時代」「北の旅人」「夕凪ワルツ(オリジナル作詞)」「エーデルワイス」「月の沙漠」「ブルーライト・ヨコハマ」「熱き心に」〜アンコール「オリビアを聴きながら」「亜麻色の髪の乙女」


 3週間前の会場打合せで私が提案した構成に沿ったものだが、「サン・トワ・マミー」「月の沙漠」「ブルーライト・ヨコハマ」はそれぞれ「サンタ・ルチア」「かなりや」「アカシアの雨がやむとき」からの変更。アンコール2曲は、打合せ時点で最終候補に残って漏れたものを歌った。

 序盤の数曲は、会場内にややざわつきもあったが、中盤以降のアルペジオ系の曲になると、場内の「気」が一点に集中してくる気配を感じた。後半になると、曲に合わせて身体をゆったりと左右に揺れ動かす方が続出。大半の方が床に座って聴いていたことも関係ありそうだが、過去にあまり経験のないこと。
 この日は意識的にMCを多めにした。最近は曲にまつわるエピソードを電子譜面に短く記しているので、MCネタには事欠かない。場をリラックスさせ、自分のペースに持ち込むには効果的だった。
 3曲目を終えたあと、ギター弾き語りを始めたきっかけの曲として、岡林信康の「山谷ブルース」をワンフレーズだけ歌った。プログラムにはない予定外の歌だが、いいメリハリだったと、終了後の反省会でも好評。

「癒やしのひとときをぜひに」と、責任者のSさんから事前に聞いていたが、その目的は充分に果たせたと思う。(期待に応えよう…)という気負いとプレッシャーが正直あったが、どうにか乗り切れた。


 終了後、オリジナルCD10枚の抽選会へと進む。これだけでも身に余る話なのだが、抽選にもれた方で欲しいという方がいて、結局予備として持参した5枚も完売。場の雰囲気も後押ししたように思える。身の程を知って、ほどほどに考えておくことにしよう。

 片づけを終えたあと、女性部のスタッフの方による簡単な反省会があり、「近来まれに見る好企画」との参加者アンケートが読み上げられる。アンケートは後日提出の手はずだったが、その場で書き残した方がいたらしい。
 チカチカパフォーマンス経由で依頼された初のイベントだったが、予想をはるかに超える手応えと評価をいただいた。今後の自分の進むべき方向が、少し見えてきた気がする。

2014年9月9日火曜日

ラズベリー酒瓶詰め

 先日仕込んだラズベリー酒が10日を過ぎたので、ラズベリーの実を取り出し、瓶に移すことにした。まずは棚の奥に保存してあった広口瓶4つを取り出し、床下収納から空き瓶3本も取り出す。
 空き瓶はワインとソーダ水が入っていたもの。合計で1900mlある。


 まず、空き瓶と蓋を熱湯で消毒。「ガラス瓶は割れるので、熱湯は不可」と書いてある記事もあるが、少量を入れてまんべんなく瓶を洗うようにすれば、過去に割れたことはない。

 次に広口瓶の中のラズベリーを、ザルを介してヤカンの中に入れる。ザルに残った実は手で押して絞ったあと、捨てる。2Lのヤカンだが、今回初めてほぼ満杯状態になった。
 茶こしとジョウゴを介し、ガラス瓶の中にラズベリー酒を投入。リカー酒は1800mlしか使ってないが、ラズベリーの分が増えたようで、瓶はギリギリだった。


 空き瓶に余裕がない場合、ヤカンに移し終えた広口瓶を洗って消毒し、再度保存用として使う方法もある。しかし、熟成したあとにテーブルで飲むには、やはり普通の瓶が便利。

 このあと、2階予備ベットの下で3ヶ月間保存熟成させる。艶やかなルビー色の酒が出来あがる。

2014年9月8日月曜日

座布団再生

 お天気の様子をみながら断続的に作業していた座布団の補修が、ようやく終わった。先日補修し終えた居間ベンチ上のクッションは別にし、1階居間には54センチ四方ほどの大型座布団が6枚、2階には45センチ四方ほどの小型座布団が5枚ある。

 床に座る生活をずっと続けているので、居間の座布団は必需品。2階の座布団は、DIYで作った椅子の座面が硬いので、和らげる目的で使っている。
 大型座布団は結婚する際、妻の実家で作ってくれたもの。つまりは嫁入り道具だ。酷使がたたって、10年ほどで側生地が傷み始め、あわてて布製カバーを作って対処した。しかし、その布製カバーも10年ほどで擦り切れ状態に。
 やむなくさらなる布製カバーを作って覆ったが、40年近くを経て、3重のカバー全てに傷みが出てしまい、いよいよ全交換する必要に迫られた。新品に買い換えるのは簡単だが、亡き義母の思い出の詰まった品。何とか再生させて使い続けたい。


 作業手順は以下の通り。

1)3重のカバーを全て外す。
 綿に近い側生地は、外す過程で全て引きちぎれてしまった。40年の年月を感じる。幸いに中身の綿に大きな損傷はない。晴れた日のウッドデッキで作業したので、綿はそのまましばし乾燥させた。

2)新規の側生地を作成。
 2番目に作った布カバーのうち、2枚がどうにか再利用できそうだった。数十年ぶりに洗って乾燥させる。同様に3番目に作った布カバーから、2枚を転用。他は端布から新しく作り直した。

3)乾燥させた綿に新規の側生地をかぶせ、端部をミシンで縫い合わせる。ここは普通手で縫うが、ジグザグ縫いを使えば、ミシンでも可能。

4)新規の布カバーを作る。
 居間ベンチのクッションカバーを再利用し、コーデュロイ生地を裏返して2枚を作成。2枚を全く新しい生地から作り直した。傷みの少ない2枚は、洗っただけでそのまま使用継続。


 かくして6枚の座布団が蘇った。外側のカバーの洗濯や部分的な補修交換は今後も続きそうだが、ひとまず買い替えは回避。こうなれば私たち夫婦との、長生き競争である。

 このあと、小型座布団も同様に手を加え、長い作業にようやくケリをつけたが、さすがにちょっと疲れた。時間と執念、そしてあくなき好奇心がなければ、とてもやれない。

2014年9月7日日曜日

マイクスタンド自力補修

 昨日のライブ準備中に、マイクスタンドに異常を感じた。ブーム部を固定するT型ハンドルを締めていたところ、ぬるりとした感触がして、固定できない。ボルトの頭部分がバカに(穴の形状が変形)なった感じがした。
 ギリギリのところで仮固定すると、どうにか緩まずに形状を保っている。そのままライブは無事に乗り切った。

 家に戻ってマイクスタンドを分解してみると、予想通りM8のジョイント部固定ボルト穴が、丸く変形している。固定ボルトの頭には正方形の突起がついている。ここの穴は本来8ミリの正方形を保ってなくてはならず、そうでないとT型ハンドルを締めたときに、空回りしてしまうのだ。


 演奏中にブーム部が傾いてはいけないと、つい固く締めつけてしまうので、樹脂製パーツの穴はどうしても傷みやすい。買ってから足掛け10年、よくぞ酷使に耐えてくれたが、サウンドハウスでパーツ価格を調べると、送料別で1,300円弱。安いマイクスタンド一式なみの価格だ。
 同じパーツは電子譜面ホルダーにも使っていて、こちらは廃棄したマイクスタンドから調達。転用はできない。もう1本予備のマイクスタンドはあるが、何とかこのパーツを自力で補修できないか、じっくり考えてみた。
 最初に考えたのは、蝶ネジつきのボルト(M8、L=40)を新しく買うこと。これがあれば穴に依存せず、手だけで両側から締めつけられる。ネットで簡単に見つかったが、送料こみで900円近くもし、二の足を踏んだ。
 近隣ホームセンターをあたる前に、ジョイント部そのものを改造できないか考えた。分解したパーツをいじくり回すうち、T型ハンドルがついている側のΦ8丸穴を角穴に改造し、裏返して使えばいいことに気づく。いわゆる「逆転の発想」で、思わず頭の中で電球が光ったような感じがした。\(^o^)/


 本体が樹脂製なので、丸穴を角穴に変えることは、そう難しくない。細いドリルとカッターを併用し、慎重に作業。ボルトの突起はピタリとはまったが、作業中にさらなる安全策を思いつく。
 不要になった換気フードの1ミリ厚アルミ板があったので、同様に加工して8ミリの正方形角穴を開ける。穴を中心にジョイント部と同じ形状に切り取って、左右を折り返して全体を抱え込むようにした。

 装着してみると、二重で保護しているので、かなり強固。スチールの板を使えば、もっと強力になるのは間違いないが、しばらくはこの補強で使ってみる。


《2015.7.14 追記》
 その後月に4〜5回ペースで分解移動→再組立ての使用を繰り返していますが、10ヶ月を経て全く問題なく使えています。補強板は1ミリ厚アルミ板で、いまのところ耐えてくれてます。

2014年9月6日土曜日

乗らないつかめない

 毎年招かれる近隣のグループホーム秋祭りイベントに出演。足掛け10年になる長いお付き合いが続いている施設で、当初は年に3回歌わせてもらったが、ここ数年は家族や町内会を招く秋祭りとクリスマス会の2度に定例化した。
 屋外の駐車場を使い、ステージも特にないスタイルで歌う。幸いにカラリと晴れ上がり、予定より少し遅れて、13時10分あたりからステージは始まった。

 手慣れた場所なので、特に気負うこともなく臨んだが、この日はなぜか聴き手のノリがいまひとつで、会場の人の動きもどこか落ち着きがなく、場をつかみきれないまま、歌い進んだ。
 

 およそ25分で8曲を歌う。

「年下の男の子」「月がとっても青いから」「ブンガワン・ソロ」「旅の夜風(初披露)」「さんぽ」「のどか小唄(オリジナル)」「アロハ・オエ」「まつり」

 場の反応があったのは、「年下の男の子」「さんぽ」「まつり」くらい。しかし、それすらとても「熱い手応え」とは言い難い。消化不良のまま、ライブは終わってしまった。
 直後に始まった若いヘルパーさんと入居者代表の男性による「いっしょに歌おう」のコーナーでは、歌詞カードが配られて「北海盆唄」が歌われたが、打って変わってこちらは抜群のノリ。終わると「アンコール!」の声が飛び、同じ歌をもう一度歌うことに。
 それでも場は納得せず、再度のアンコール。ヘルパーさんが困って、「もう準備がありません」。すると「なんでもいいよ」の声があり、入居者男性が得意な演歌を1曲歌って、ようやく収まった。

 ある意味ではショックな結果である。聴き手は50〜60人ほどで、歌った場所や時間は例年通り。違っていたのは、PAを乾電池式の小型に変えたことくらいだが、ヘルパーさんたち2人はPAなしのノーマイクで歌っていたので、音響は関係ない。
 奢りや気の緩みはなかったと自分では思っているが、「聴かせる」という気持ちがどこかにあって、それが場にマイナスに働いた可能性はある。同じ場で飽きられずに10年歌い続ける難しさもある。もしかすると自分のスタイルそのものが、この施設には合わなくなってきているのかもしれない。
 少し頭を冷やして考えてみたい。

2014年9月5日金曜日

思い出の洗濯物入れ

 居間の大型座布団6枚を2日前から補修中だが、綿まで出して風通しさせ、使える布カバーは洗って乾燥、使えないものは廃棄して、新しい布で作り直しと、相当の手間がかかる。乾燥時間を利用し、こちらも持ち越し課題だった、洗濯物入れの補修をやった。

 結婚祝いに会社の友人からもらった布製の入れ物がある。太い木枠にはめこむタイプで、木枠が中央で折りたためる構造。布がビビットな色合いで、40年近く洗濯物入れ(洗う前の衣類を溜めておく)として使ってきた。
 サイズが大きいので、家族数が最大5人のときにも使えた。満杯でちょうど5Kg前後。洗濯機1回分ぴったりである。支持枠となる木製の棒を通す部分が一度引きちぎれ、ミシンで補修したが、その後もずっと使い続けている。

 贈り主のK子さんとは妻と共通の友人で、いまでも交流が続く。長い家族と友情の思い出が詰まった品だ。


 その洗濯物入れの内側の袋が、カビで汚れて悲惨な状態になっている。途中で何度か外して洗った記憶もあるが、当初の25年間は湿度の高い場所に置いてあり、入れる洗濯物も洗う前の状態なので、条件が悪い。
 木枠を完全に分解しないと袋は洗えないことも、汚れに拍車をかけた。
 洗っても汚れはとれないので、とうとう作り直すことにした。節約以前に、「思い出」という大切なものを補修&保存したい気持ちが強かった。
 色のついた外側の袋の傷みはほとんどなく、縫い目をほぐしつつ、内側だけをていねいに取り外す。袋は直方体で、作りはやや複雑。ハサミで切り開いて、まず原寸型紙を作ることに。(写真左側)
 手頃な端布を見繕い、それに合わせて裁断加工。うまく仕上げたつもりが、外袋とそろえて上端部を縫い合わせてみたら、なぜか外袋が5ミリほど大きい。どうやら内袋の縫い代の取り方が甘かったらしい。やむなく外袋を5ミリ小さく縫い詰めて、どうにか収めた。

 かなり手こずったが、今後はもう少しマメに洗濯することにしよう。今回の補修で、あと20年くらいは使えそうな気もする。それを見届けられるか否かは、非常にビミョーな問題であるが。

2014年9月4日木曜日

とことん再利用

 居間のベンチマットを14年ぶりに交換したことは、先日このブログでふれた。不要になった古いクッションと布カバーは処分するつもりでいたが、数日経つと、まだ別の用途として使えそうな気がしてきた。
 ブリジストン製のクッションは40年以上を経ても、まだ弾力は衰えていない。さすがはメーカー品である。4分割して使っていたうち、傷みのひどい両端部のみ捨てることにし、2枚を事務用椅子のクッションとして使えないか、試してみることにした。
 お尻の痛み対策で1ヶ月前に買った低反発クッション、確かに痛みは軽減されるが、厚みがあり過ぎて腰への負担が大きい。前述のクッションを二つ折りにし、布カバーに入れて数日座ってみると、なかなか具合がいい。
 弾力もほどほどで、2時間続けて座ってもお尻が痛くならず、腰への負担も少ない。そこで、本格的に椅子クッションとしてリメイクすることにした。
(低反発クッションは、居間の堀ゴタツで使用することに)


 生地は厚手のコーデュロイだが、部分的な色焼けがひどいので表側を使うのはあきらめ、洗って裏側を使うことにした。コーデュロイはしばしば表裏兼用のリバーシブルで使われるので、何ら問題ない。

 今回も洗濯がしやすい長袋形式で縫い合わせることに。余った部分を内部に押し込んで完成。同じやり方で、別の赤いフリース生地(元は不要になった妻のセーター)も加工。2つのクッションが出来上がった。


 実は昨日からミシンを2階の事務机の上で使っている。これまでは1階居間テーブル上で作業していたが、食事に重なると片づけなくてはならないし、妻がテレビを観ていると、騒音が邪魔になる。
 普段は青色申告書類を記帳したり、オリジナルCDの加工をしたりする場所だが、足元が広いので作業は楽。何より、ミシンを出しっぱなしにしておいて、翌日もまた続けて作業できるのが便利だ。

 不要になったベンチマット布カバー、1階に6枚ある大型の座布団カバーとしてもリメイク作業中だが、これに関しては明日以降に。