2014年9月18日木曜日

カモビール複製

 1階居間の階段下に14年飾ってあったカモを模したモビールの首が折れ、廃品利用のオリジナルモビールに取り替えたことは以前にふれた。

 不要になったモビールは捨てずにとってあったが、ベニヤ製の本体がゆがみ、汚れもひどいので、さすがに再生は不可能である。
 しかし、その形状が愛らしくて捨て難く、原寸型紙をとって厚紙で複製を作ることにした。


 材料を見繕うと、両面が生成色のイラストボードを発見。手描きで仕事をしていた時期のものだが、大きさも手頃。分解したモビールを載せて型取りをし、カッターで慎重に加工した。

 これまた手描き時代に使っていたアクリル絵具もとってあるが、あえて着色せずにシンプルな無着色スタイルを選択。目の部分だけをドリルで丸く抜いた。
 吊るす糸は既存の透明テグスは使わず、本体の雰囲気に合わせて生成りのタコ糸をほぐして使用。羽根を羽ばたかせる下端の丸いオモリだけは、これまでのパーツを転用した。


 さっそく2階の傾斜天井から吊るす。今回は単純な飾りなので、かなり高めにしたが、元気よく羽ばたいて、すっかり空間に馴染んでいる。

2014年9月17日水曜日

低座椅子を自作

「座卓でも使える低い椅子が欲しい」と、最近膝の弱ってきた妻がいう。居間の堀ゴタツに足を入れてしまうと立ち上がる際、膝の負担が大きいらしい。確かに、ギックリ腰になったときの私も同じ症状だった。

 対象の品はすでに商品化されていて、「低座椅子」という名。市販品の座面高さは28〜29センチだが、該当する椅子の手持ちががない。ウッドデッキに置いてあるDIY作業台が26センチの高さで、試しにこれに座布団を載せて丸一日使ってみると、なかなか具合がいいという。
 買うと最低でも6千円前後。そこで本格的なものをDIYで作ることにした。


 あまり使っていない小型椅子が4つあるので、ひとつを分解し、手持ちの材料と組み合わせることにする。材料の寸法を元に推敲した結果、25.5センチの正方形で座面を作り、この寸法に合わせて高さも25.5センチにすることにした。
 座面高さがやや低いが、座布団を載せると、ほぼ市販品の高さになる。

 途中、何度かの通り雨に降られつつも、1時間ほどで作業終了。座面と下端の補強材は2×4材、脚部には30ミリ厚×20センチ幅の杉板を使っている。
 風呂用の椅子に似てなくもないが、「デザインが可愛い」と、妻にも好評。背もたれも簡単につけられるが、当面はこれで充分のようだ。


 7月末に設置し、夏を涼しく乗り切る重要な役目を果たしてくれた遮光ネットを、ついに外した。ウッドデッキ上の遮光シートは10日ほど前に外したが、すでに9月も半ばを過ぎ、さすがにお役御免である。
 ハトメ部を窓周囲のビスに引っ掛けてある単純な構造なので、外すのは一瞬。設置方法に試行錯誤を繰り返したせいで、特にハトメ部の傷みが目立つが、もう1シーズンはギリギリ使えそう。ひとまず遮光シートと共に保管しておく。

2014年9月16日火曜日

彼岸のアサガオ

 昨年まで自宅南壁を広く覆っていたナツヅタを外壁補修のために全面撤去してしまったので、遮熱&遮光対策の一部にと、南壁軒下にアサガオの種を蒔いたのが、夏も盛りの7月末のこと。しかし、時期があまりに遅すぎ、どうにか芽は出たが成長が遅く、グリーカーテンには程遠い状態だった。
 その後、100円ショップで買った遮光ネットや、あり合わせのシートを使った遮光シートが予想以上の効果を発揮し、グリーンカーテンなしで、今年の夏を涼しく乗り切ることが出来た。
 来年の夏は、遮光ネットや遮光シートを本格運用しようと目論んでいるが、さて問題はその後のアサガオのゆくえである。
 強い風や大雨にもめげず、芽はじょじょに育って、8月も下旬になって、ようやくツルを伸ばし始めた。昨年までトマトに使っていた竹製支柱を立ててやり、いくつかのツルは巻きついたが、気温は次第に低くなり、もはや開花は難しいかと思われた。


 種を買ってきた妻と共に日々気にかけていたが、陽当りは抜群のせいか、小さなツボミをいくつかつけ始め、息子夫婦の引越し日である3日前の朝、ついにピンクの花がひとつ咲いた。種を蒔いてからおよそ2ヶ月。やがて彼岸の入りだが、めげずによくぞ咲いた。

 一日置いて昨日、青と紅色の花が同時に咲く。今朝も紅色が2つ咲いた。気温が低いせいか、夕方近くまでしぼまずに咲いて、目を楽しませてくれる。
 アサガオを育てるのは中2のとき以来だから、およそ50年ぶり。あきらめていた花だったので、喜びもひとしお。来年はもっと早く撒いてやりましょう。


 秋の入口であるこの時期、北海道ではアジサイとヒマワリ、そしてコスモスが同時に咲き乱れる不思議な光景が、あちこちで見られる。まさかそれにアサガオまで加わろうとは、夢にも思わなかった。

2014年9月15日月曜日

介護施設で力技

 近隣のデイサービス敬老会イベントで歌った。昨年春と夏に2度歌わせていただいた介護施設の職員さんが別施設に移動し、私の名を覚えていてくれて、その新しい施設に招かれた。
「仕事は人につく」という持論があるが、ボランティア活動や趣味活動でも同じ現象がしばしば起きる。この世は合理性だけで進むわけでは決してなく、人と人とのつながりが大きく作用しているのだ。人との関わりを軽んじてはならない。

 偶然だが、場所は3日前に歌ったデイサービスから数百メートルの距離。この地区では、7月にも別のデイサービスで歌っている。成熟した地域なので古い家々が多く、つまりは利用者となる高齢者が多い、ということなのだろう。


 15時10分前に会場に到着。実は3日前のライブ終了後に立ち寄って、会場の下調査は済ませてある。素早く設営し、予定通り15時ぴったりから歌い始めた。

 担当のAさんとは事前に入念な打合せをやった。構成等は基本的にお任せいただいたが、ラストに「上を向いて歩こう」を全員でシングアウトしたいという希望がまずあった。
 利用者は全体的にカラオケが好きということで、事前に送られてきたFAXには、好みの曲が演歌を中心に27曲列記されており、その他にAさんが個人的に聴きたい曲として、昭和歌謡を中心に10曲の記載があった。
 選曲には相当悩んだが、これら37曲を無視することは出来ず、ある種の「リクエスト」と考え、利用者好みの演歌を中心に8曲をプログラムに組み込んだ。
 およそ1時間で、アンコールを含めて17曲を歌う。(※はリクエスト)

「高原列車は行く」「ソーラン節※」「おかあさん」「瀬戸の花嫁※」「時の流れに身をまかせ※」「二人は若い」「バラが咲いた」「浪花節だよ人生は※」「さざんかの宿※」「星影のワルツ」「無言坂(初披露)」「月がとっても青いから」「酒よ※」「函館の女※」「上を向いて歩こう※」
〜アンコール「空港※」「神田川※(職員さんのリクエスト)」


 聴き手は利用者が12名、職員が3名。男女比は2:1ほどで、女性が多い。こじんまりとした施設だが、他のデイサービスに比べて介護度の高い方が多い印象がした。そのせいか、全体的に大人しい。やんやの喝采やかけ声は皆無で、歌い手としては難しい場である。
 こうした場には唱歌を含めた叙情性の強い曲が向いているのだが、担当のAさんと充分に打合せをしたすえの構成だったので、途中での路線変更は一切しなかった。
 幸いに喉の調子は非常によく、打開策として高音部の聞かせどころのある曲は、特に力をこめて引っ張った。そうするうち、場の反応もじょじょによくなってくる。
 この手法を駆使した「さざんかの宿」や「月がとっても青いから」以降のラスト4曲には、熱い手応えがあった。普段はあまりやらない手法だが、場を自分のペースに持ってくるためには、時に「力技」も必要になる。


 ちょっと困ったのは、開始25分過ぎくらいから、トイレで席を立つ方が続出したこと。開始直前までカラオケ大会が実施されており、ほとんど休憩なしで私のライブへとなだれこんだので、高齢者にとっては辛い状況だったかもしれない。
 車椅子利用の方も多く、トイレには職員さんの介添えが必須。場に職員さんがほとんどいない時間帯もあったりで、集中力を保つには難しい状況が続いた。
 さらには、ライブ時間が長すぎたこと。デイサービスは他の介護施設に比べて、長い演奏時間を求められることが多い。定時まで時間をフルに使う必要があるというシステムが関係しているのかもしれない。
 歌い手である私は、過去に休憩なしの1時間半ライブを経験しており、長い時間は苦にしない。しかし、介護度が高めの高齢者にとって、休憩なしの1時間近いライブは相当厳しいものと思われる。
 この時間をどうしても費やすなら、途中で全く別のゲームを挟むとか、完全な休憩タイムを設けるなどの工夫が必要となりそうだ。

 課題は残ったが、高齢者相手でも力技が通用すると分かったのは、収穫だったかもしれない。

2014年9月13日土曜日

引越しの手伝い

 早朝から長男夫婦の引越しを手伝う。2人は3月まで宮崎に住んでいたが、お嫁さんはひと足早く、4月から札幌で単身勤務中。ひとりレオパレスで暮らす。
 対して長男は7月末に札幌転勤が決まり、いまは東京本社で新職場にむけての長い研修中。完全合流は11月の見込みだが、お嫁さんのレオパレス住まいが今月一杯の契約なので、かねてから探していた広い新居に、今日引っ越す運びとなった。

 宮崎のアパートにあった荷物は、8月上旬から引越し業者の倉庫で預かり中。まずは午前中にお嫁さんの住むレオパレスから新居へ荷物を運び込み、東京からの息子と昼に合流。午後は業者預かりの荷物を搬入という、2段階作業だ。


 車は私の軽自動車と、我が家で預かっているお嫁さんのデミオを使用。長く預かっていた観葉植物一式もまとめて運び込んだ。
 リフォームされた住まいは、若い感性で選んだ白い床がまぶしい。2人の勤務先にも徒歩で行けるほど都心に近く、利便性はよいが、幹線道路からやや離れているので、非常に静かな環境である。

 お昼前に息子もやってきて、割りとスムーズに作業は進み、13時までに2往復してお嫁さんの分の荷物は運び終えた。
 途中、不動産業者やガス屋さん、マンション管理人や宅配業者などが入れ替わり現れるが、妻が留守番役として張りついていたので、トラブルなくさばく。

 予定より遅れて16時半に引越し業者が到着し、およそ1時間で運び込み終了。タンスなどの大型家具が少ないので、作業自体はあっけなかった。
 終了後、近くのロイホで食事をし、長い一日を終える。心配していた私と妻の腰や膝、いまのところ問題ない。ひとつ片づいた。

2014年9月12日金曜日

場が歌を後押し

 自宅から車で20分ほどの近くにあり、1年前にネット経由で依頼されたデイサービスから再び招かれ、敬老会ライブで歌ってきた。いわゆる「最も強い2度目の依頼」だが、行ってみると依頼時とは担当者が変わっていて驚いた。
 聞けば先週辞めたのだという。出掛けに出演時間確認の奇妙な電話が施設からあり、不信に思っていたが、そんな訳だったとは。
 幸いに引き継ぎは行われていて、予定通り13時15分からライブは始まった。
 聴き手は13名で、職員が3名。デイサービスの規模としては小さい部類である。前回の記録を参考に準備したが、他と比べて突出した特徴は、「男性の比率が高い」ということ。
 介護施設の一般的な特徴として、女性の比率が高いことが挙げられる。およそ70〜80%は女性で、全員が女性という施設も少なくない。女性は寿命が長いことのほか、集団生活への順応性が高いことが背景にあるのではないか。


 今回も13人中7人が男性。基本的に女性中心に構成を組み立てているので、男性にも配慮するとなると、これがけっこう難しい。叙情歌系の比重を減らし、男性受けする演歌系の曲を多めにして臨んだ。
 まず30分ほどで12曲を歌う。

「憧れのハワイ航路」「お富さん」「おかあさん」「おふくろさん」「炭坑節」「二人は若い」「バラが咲いた」「浪花節だよ人生は」「さざんかの宿」「高原列車は行く」「星影のワルツ」「月がとっても青いから」
 最初の数曲は場のノリがいまひとつで、苦戦した。1週間前のグループホーム秋祭りでの悪夢が蘇る。今回は食事など、他に気を取られる要素はないので、MCで盛んに声かけをし、何とか自分のペースに持ち込もうと腐心した。職員さんにも手拍子などでの、具体的な応援をお願いした。

 場がようやく乗ってきたのは、意外にも叙情系の「バラが咲いた」から。数は少ないはずの女性の反応がよく、ここから徐々に雰囲気がよくなってきた。あまり男性女性を意識せず、得意な叙情系の曲は随所に散りばめよ、という教訓だろう。


 最初は大人しかった男性も積極的に声をかけてくれるようになり、私もすかさずそれにアドリブで応じた。(この種の場で、おしなべて男性は大人しい)
 開始前にいくつかリクエストが出ていたので、予定曲をひと通り歌ったあと、アンコールをかねたリクエストタイムとした。およそ20分で合計6曲を続けて歌う。(※はリクエスト)

「川の流れのように※」「矢切の渡し※」「皆の衆※」「酒よ※」「青い山脈」「サン・トワ・マミー※」

「美空ひばりを何か」「村田英雄をぜひ」というリクエストがまずあり、最初に「川の流れのように」を歌ったとたん、別の女性が「《矢切の渡し》を聴きたい」と、突然の要望。3曲を無難にこなしたあと、ラストに「青い山脈」を全員で歌って締めようとすると、盛んに声をかけてくれていた男性から、「吉幾三の《雪國》か《酒よ》を歌って」と、これまた強い要望。
 施設側に時間を確認すると、14時を多少越えてもOKとのことで、電子譜面で検索しやすかった「酒よ」を歌う。

 およそ2年ぶりだったが、これがなぜか非常に気持ちが入った。場がぐんぐん寄ってくる確かな感触があり、後押しされるように、フルコーラスを歌う。歌い終えぬうちに万雷の拍手で湧く。
 理由は定かではないが、「請われると乗る」という本能のようなものが作用したか。
「青い山脈」を歌い終わり、やれやれと撤収にかかろうとしたら、女性のヘルパーさんから、「アンコール!」の信じ難い声。さすがに虚を突かれた思いで、一瞬たじろいだ。時計は終了予定の14時をすでに回っていたし、ここまで17曲を歌って、リクエストをかねたアンコールも終わったつもりでいる。
 しかし、「利用者さんを意識しない、菊地さんが本当に好きな歌を1曲聴きたい」と、ヘルパーさんは言う。フォークかシャンソンか一瞬迷ったが、ここは洋楽を選択。曲目を告げると、何とそれまで大人しかった利用者の女性が、越路吹雪のファンだと歓声をあげる。こんなふうに、うまく運ぶときは、なんでもいいほうに働く。

 終了後、「予想を超える素晴らしさでした」と、新担当の方からも労われる。歌は歌い手だけでなく、聴き手や場を管理するスタッフも含めた三者が一体となったき、より強いパワーとなって結集するものだと再認識した一日。

2014年9月11日木曜日

またも植え替え

 先月中旬に観葉植物アンスリウムを植え替えたばかりだが、今日はドラセナ・コンシンネ・ホワイトボリーという長い名の別種をまた植え替えた。
 もともとは9年前の自宅コンサートの折に、知人からお祝いとしていただいたもの。我が家の環境が余程合っていたとみえて、たいして構ってやらずとも、スクスク成長。一度鉢替えをしたが、最近になって成長した根が底からはみだし、さらには行き場を失って土の上にまで飛び出してくる始末。

 いわゆる根詰まりの状態で、再度の植え替えは必須だったが、どうせなら3本の枝を分け、鉢2つに植え替えようかと考えた。
 観葉植物好きの長男のお嫁さんに尋ねると、分けた鉢を貰ってくれるという。さっそく準備にとりかかったが、植え替えのタイミングを図るには、観葉植物の名前を知らねばならない。ネットを駆使して辛抱強く調べたら、ようやく前述の名前にたどり着く。
「幸福の木」の仲間のドラセナ属で、買うとかなり高価。葉の形状と色が独特で、しかも育てやすい。複数ある観葉植物の中で、いいアクセントになる。

鉢替え前の状態(右側)

 問題は植え替えの時期で、理想は春だが、やむを得ない場合は夏を過ぎた9月中旬あたり、とある。じっと時期を待って、ようやく決行した。
 この日のために、100円ショップで大きめの鉢を新規に調達。ウッドデッキで作業したが、いざ抜き取ってみると、まさに鉢の中いっぱいに根が詰まっていた。よくぞ枯れずにいてくれたもの。

 一番大きい1本を独立させて古い鉢に、残り2本を新しい鉢に植え替える。かなりの培養土を使い、数年前に買った14L入りの袋が、ついに空になった。今年は何かと植え替えが多い。そういう年回りなのだろう。


 分けた鉢はしばらく我が家で養生させ、完全に根づいてから差し上げるつもり。1ヶ月前に植え替えたアンスリウムも、枯れはしないが、さりとて新芽が出る気配もない。このまま弱ってしまう可能性もゼロではなく、観葉植物は実にデリケートだ。

 今回のドラセナ・コンシンネ、本来なら春に植え替えてやるべきだったが、多忙のせいでタイミングを逸した。果たして両方がうまく根づいてくれだろうか?その生命力に期待しよう。