2023年2月21日火曜日

函館ひとり行〜後編

 (前編からの続き
 泊まったホテルのベットは通常のシングルよりも幅が広く、クッション性も抜群だった。
 深夜に喉の乾きで目覚め、19度に設定した暖房温度が高すぎると判断。暖房と浴室換気をオフにし、その後は朝までよく眠れた。薄い上掛け1枚だけでも、寒さは全く感じなかった。

 ビジネスホテル宿泊は20年ほど前に設計の仕事で新潟に行って以来だったが、家族連れや酔客がいないせいか、温泉系ホテルに比べて館内が静かで落ち着く。


 8時少し前に起きて、部屋に常備のUSBコンセントからタブレットPCに充電する。各種装備は充実していて、部屋や寝具類も清潔。ネットでたまたま探し当てたが、また利用したくなるホテルだ。
 8:15に1階ラウンジに降り、バイキング形式の朝食をとる。和食も選べたが、いつも通りに洋食系を選択。珈琲には専用のプラ蓋があり、部屋まで持ち帰ってよい便利なルールだった。

 手術開始の11時までには時間があり、9時半にチェックアウトして病院近くにある五稜郭に行ってみることにした。
 当初は市内のどこかで待機する予定で、元町界隈の教会や塩ラーメンの店など事前に調べてあったが、無理になった。函館には過去3回観光で訪れている。大半の名所はすでに見終えていたが、五稜郭はタワーの上から眺めただけで、歩いて回ったことはない。


 五稜郭公園前まで市電に乗り、北へ少し歩いて一の橋、二の橋を渡り、門番所跡を経由して中に入る。堀の水は完全に凍結していたが、独特の五角形の形状はうかがえる。
 中央にある箱館奉行所跡は入場料(一般500円)が必要で時間が迫っていたこともあり、パス。冬で木々の緑はなく、どこも殺風景だったが、戦争遺構としての厳しさを際立たせる意味で、白い雪や氷は逆に効果的だったように思える。


 五稜郭から徒歩で病院に向かう。途中にあるセブンイレブンで昼食用のおにぎりを2個調達。待機中に談話室で昼食をとってよいと、看護師さんの許可を得ていた。

 11時過ぎに病院に着くと、看護師さんがやってきて、最初の手術が予定より早く終わって、息子の手術は30分前倒しで10:30から始まっているという。
 あわてて携帯を確かめると、同じ主旨の息子からのメールが10:20に届いていた。ずっとマナーモード設定だったため、見逃したらしい。


 私の入院時と違って病院内Wi-Fiはなく、タブレットPCで電子本を読みつつ時間をつぶすが、昼食を食べ終えても手術は終わらない。「早ければ1時間半で終わります」どころか、当初予定の2時間半、つまりは13時を過ぎても一向に終わる気配がない。
 麻酔事故や不意の出血など、想定外のトラブルが頭を駆け巡り始めたころ、13:45になってようやく主治医が現れ、無事に終わったことを知らされた。3時間15分という長い時間が経過していた。

 数分待って手術室からベットに乗った息子が現れる。話してよいと主治医がいうので、そばに寄って「お疲れさま」と声をかけた。まだ麻酔が完全に抜けてなかったが、「五稜郭でも観て帰りなよ」「実は来る前に観てきた」などと短く言葉を交わす。
 術後の問題は特にないとのことで、医師の許可を得て札幌に戻ることにした。長かったが、ひとまず親としての役目は終わった。
 あとで知ったが、神経鞘腫は脳に発生することもあり、その場合生命の危険も高まるという。息子の場合、患部が首だったことが逆に幸いしたかもしれない。
 市電で函館駅に戻り、ただちにみどりの窓口に向かう。帰りの列車は万一を考えて18:48発の最終便を予約していたが、札幌到着は深夜になってしまう。予定が早く終わり、前の列車に変更してもらうつもりが、格安チケットなので不可能だと言われた。
 払い戻して新たにチケットを買い直すしかないが、5千円以上の持ち出しになるそうで断念。
 時計はまだ15時前で、4時間近くの待ち時間が発生した。札幌で待つ妻に手術の成功と帰宅予定時刻をひとまず知らせ、その後はネット閲覧と電子本で時間をつぶした。

 幸いに駅構内に無料Wi-Fiがあり、何とか接続に成功。セキュリティに不安があり、新聞とヤフーニュースの閲覧だけに留める。
 1階待合室が寒くて騒がしく、2階に「いるか文庫」というフリースペースを見つけて移動。文庫は15時で終了し、椅子がないせいか誰もいない。静かな窓際に立ち、黙々と電子本を読む。
 17:15になって係員が現れ、スペースを閉鎖するので退去を求められた。それを機に、近くにある和食処へと向かった。


 夕食は駅弁を買って列車内で食べる予定だったが、価格がそれなりで美味しそうな駅弁は早々と売り切れ。前夜使うつもりで、テレビのクイズで当てたすし券を持参している。1日スライドして早めに食べてから列車に乗ることに方針変更した。
 凍結した悪路を15分ほど歩き、目的の店に到着。寿司店だが、夕食時には各種定食もやっていることを事前に確かめてあった。

 客は誰もいず、店内は閑散としている。前夜もそうだったが、どの飲食店もコロナ禍からの本格脱却には程遠い印象だ。
 寿司ではなく、天ぷら定食を注文。前夜に比べると味はそれなり。各種天ぷらのほか、野菜サラダや茶碗蒸しもついていて、食事としてのバランスはよい。
 18:10に会計を済ませる。1,650円のうち、すし券で1,500円、残りを現金で支払った。滑る道を転ばぬよう、慎重に歩いて駅へと戻る。手術の立会いにやってきて怪我でもしたら、洒落にならない。


 途中のセブンイレブンで帰りの列車内で食べるチョコレートを買う。お昼のおにぎり購入もそうだったが、今回の旅ではマイナポイントが溜まっているnanacoカードを有効に使った。
 ホテルの支払いはクレカで、市電はICカードのキタカ。使った現金はキタカのチャージ分千円を含め、2日間で1,470円だった。
 スマホは未だ所有しないが、カードを上手にやり繰りすれば、キャッシュレス時代にも充分に対応可能と知った。


 定刻18:48発の特急北斗21号指定席で札幌へと向かう。車内はガラガラに空いている。夜で窓外の景色は見えず、持参の函館出身の作家、佐藤泰志の文庫本をずっと読んでいた。これもなにかの縁だ。
 病院の自販機で熱い珈琲を買い、魔法瓶に移してきたが、さすがにぬるくなっていた。

 10分遅れて22:47に札幌到着。バスはすでに終わっていて、JRを乗り継いで最寄りの駅に向かう。そこから20分歩き、23:45にようやく我が家にたどり着いた。
 今回の旅では実によく歩いた。1日目が6,700歩、2日目が14,000歩で、計20,700歩・15km。過去の記録をあっさり更新した。

 思いがけない事情から2日間のひとり旅を過ごすことになったが、大きなトラブルもなく無事に役目を果たすことができ、正直ホッとした。命ある限り、親は親であり続けるのだ。