2008年4月18日金曜日

されどフライヤー

「フライヤー」という言葉を初めて聞いたのは4年前のこと。ふとしたきっかけから、フォーク歌手の及川恒平さんの札幌・時計台コンサートを主催することになったときだ。
 フライヤーすなわち、コンサート等のイベントを一般に告知するための宣伝チラシ(ポスター)のことだが、主催者としてはズブの素人だった当時、PA(音響機器)やフライヤーなどの専門知識は全くなかった。

 見よう見まねの手探りで、苦労のすえに何とかコンサートのフライヤーは完成させ、一部はそのまま予約チケットのデザインにも転用した。
 何も知らない素人であっても、熱意さえあればたいていのことは叶うもののようで、いま見返してもフライヤーの出来そのものは、決して悪くない。
 その後必要に迫られ、自分の自宅コンサート用フライヤーを年に1~2回のペースで作った。作品の質は徐々に向上していったと思う。
 その技術は、併行して進めていた仕事の画像処理や、デザインコンペのプレゼンテーション作成にも活かされた。趣味と仕事とが相乗効果で発展する望ましい形だった。


 作風には自分の好みに沿ったいくつかのパターンがあり、状況に応じてそれらを使い分ける。
 パターン化された画像処理は極力避け、使う写真やイラストもフリー素材はほとんど使わず、自分の「足」を使ってイメージにあった風景を求め歩く。必要ならイラストも一から自分で描く。オリジナリティを突き詰めてゆくと、どうしてもそうならざるを得ない。

 最近になって、文字をゆるやかに波立たせる技を会得した。枠取りや影つけ、ボカシ等はすでに誰でもやるありきたりの処理になってしまったが、この技は難易度が高いので差別化がまだ図れる。
 去年の暮れから、お金をいただいてフライヤー作成の仕事を請け負うようになった。作り方はこれまでの手法と大きく変わってないが、より一層の研磨が今後必要になってくるだろう。でも、とても楽しい仕事だ。広い意味での「デザインワーク」なので、何も抵抗はない。
 しかし、あくまで本業は建築。そこはわきまえておかないと。

 前述の及川恒平さんは、自身のライブで使う多くのフライヤーを自分でデザインし、作っている。歌やライブの創作イメージをとことん追求すると、結局はそこに落ち着くのだろう。
 フライヤーを見るだけで、そこから広がるおよその音楽世界が推し量れる。「たかがフライヤー」だが、むろんただの飾りではない。