2015年9月8日火曜日

自力で額装

 完成したカフェ展示用平面コラージュ「夢見るフルサト」の額装にとりかかった。コラージュ本体の表示部分が、横49.5センチ×縦16.5センチという極端な横長変形。市販の額縁に合うものはなく、特注するか自作するかしかない。
 作品自体が糸や布、紙などを使ったものなので、額縁も手持ちの無垢材を加工して自作しようと、早くから決めていた。

 材料を見繕うと、18ミリ厚のヌキ板を縦に裂いた幅50ミリの廃材が何本か見つかった。枠幅は大きめのほうが雰囲気に合う。長さも手頃なので、これを加工することに決める。
 以前はコーヒーテーブルの枠に使っていたので、あちこちにビス穴が空いている。同じ木材を削って埋め、擦り傷は水に浸して目立たなくする。


 その後加工に入ったが、端部を完全な45度に切断しつつ、内側を作品の表示部分より1ミリほど小さい長方形に仕上げなくてはならず、非常に難しい作業になった。

 45度を正確に切る専用工具は持ってなく、三角定規を使った墨出し線だけが頼り。最初は大きめに切断し、その後現物に合わせて電動ノコと紙ヤスリで微調整しつつ進めた。
 かなりの時間をかけて、ようやく満足できる部材に到達。珈琲で一服してから、組立て作業へと進んだ。
 直角と内側寸法をチェックしながら、部材の表側からガムテープで仮固定。そのままそっと裏返して、端部の接触部に木工用のタイトボンドを薄く流しこむ。ギター補修用に買ったボンドなので、接着力は強力だ。


 一晩おいたあと、裏面から補強のU字釘を打ち、紙ヤスリで補修してから塗装作業に進む。作品本体は額縁の止め代分として1センチ大きい台紙を使っているので、仕上がった額縁に裏側から細い釘で固定すればよい。
 完成までにはもう少しかかるが、一番デリケートな部分は終わったので、先は見えた。

2015年9月7日月曜日

路上ライブで泣かれた

 およそ2ヶ月ぶりのチカチカパフォーマンスに参加。地下広場の空き時間を使って実施されるルールなので、他のイベントスケジュールが詰まってくると、長期間実施されないこともある。それが事業としての宿命である。
 集客に大きな外れのない月曜日に何とかエントリーできて、この日はジャグリングの時雨さんとの共演。相談の結果、先に会場入りした私から先に演ることになる。
 定刻の14時5分前にスタンバイしたが、開演前にデジタル式騒音計を使ってパフォーマンス時の騒音値を計測する予定だった。
(先日の中間会議で、全パフォーマーへの騒音値計測が周知徹底された)
 騒音計と測定手法は事務局に備えてあるので、それに従って計測。以前にも騒音のクレームが出た際、事務局立会いでチェックしてもらい、問題のない設定値をPAにテープでマーキング済みだったが、あくまで人間の耳での話。それをきちんと器械でも確かめようというのだ。

 事前にストローク調の音量の大きい曲「大空と大地の中で」を自宅でICレコーダーに録音。それをパフォーマンス時のPAにつないで、同じ音量になるよう調整。会場前の通りで計測してみたが、平均で70dB前後、ピーク時の値が78.3dBだった。
 マイクの場合、事務局のガイドラインが会場の角で80dB。今回はより近い正面での計測値なので、現状のボリューム値でひとまず問題なかった。
 ただ、生音での計測ではないので、次回は長いケーブルを持参して、実際に歌いながら測ってみたい。


 定刻よりやや遅れて、14時2分くらいから歌い始める。第1ステージでは昭和歌謡を中心に、およそ25分で7曲を歌った。
(※はリクエスト、◎は初披露)

「昔の名前で出ています」「今は幸せかい◎」「恋のしずく」「シクラメンのかほり※」「アカシアの雨がやむとき」「吾亦紅※」「ダスティン・ホフマンになれなかったよ※」

 外はカラリと晴れ上がったせいか、地下通りを往く人は少なめだった。苦戦を覚悟したが、3曲目あたりから立ち止まる人が続出。リクエストも順調に飛び出す。
 終わり頃に現れた中年の女性、通りから盛んに手を振るその顔に見覚えがある。
「ダスティン・ホフマン…ですが、覚えてます?」

 何と2ヶ月前に「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」を熱心に聴いてくれた方ではないか。要望のままに2度も歌ったので、忘れるはずがない。
「また歌ってくださいよ」との希望に、ありがたく応ずることに。
 時雨さんのパフォーマンスをはさんで、15時から第2ステージ開始。フォーク系の曲を中心に、およそ25分で7曲を歌う。

「季節の中で」「少年時代」「わかって下さい」「サヨナラ模様◎」「神田川※」「舟唄※」「愛人」

 第2ステージではめっきり聴き手が減ったが、第1ステージ終了間際に現れた「ダスティン・ホフマン…」の女性がまた来てくれて、最初から熱心に聴いてくれた。
 その他にも若い男性と同世代の男性が最初からずっと聴いてくれて、熱さの部分では第1ステージと変わらない印象だった。

 リクエストを含めて叙情的な歌を連発したこともあってか、ステージが終わると「泣けました…」と声をかけてくる方が複数。その目から涙があふれていて、こちらが当惑するほど。
 前夜寝不足だったこともあって、決して万全な体調ではなかったが、熱心な聴き手に後押しされて、尻上がりに調子はよくなった。予期せぬ聴き手の涙は、歌が確かに届いた証。歌い手としては素直に喜ぶべきだろう。

2015年9月6日日曜日

「夢見るフルサト」完成

 進行中のカフェ展示用平面コラージュ「夢見るフルサト」がひとまず完成した。
「ひとまず」と書いたのは、まだ額装が手つかずなことと、今後気が変わって一部に修正が加わる可能性があるから。


 作業しながらイメージがどんどん変わって、当初の予定にはなかった表現も実はかなりある。しかし、それもまた自然な流れであろう。
 正方形作品の左端に配置されている「見守るカエル」は、展示場所がカエルヤ珈琲店であることを強く意識した作品。この平面作品自体が、店主様の要望で作られた事実とも決して無縁ではない。

 無名のデザイナーの作品であっても、無闇に詳細画像をネットに掲載すると、パクられる元凶であることが最近の事件でよく分かったので、画像の大きさはこれくらいに留めたい。
 何かと油断ならない世の中である。

2015年9月5日土曜日

全曲手拍子系という冒険

 怒涛の敬老ライブ月間の第1弾となるライブが近隣のグループホームであった。
 この施設で最初に歌ったのが10年前の春で、介護施設訪問活動を始めた初期の頃のこと。まだ何の組織にも所属してなく、活動の場を求めて案内状を持参し、「歌わせてください」と自ら営業開拓した。

 その後さまざまなNPO等に所属するようになってからも依頼は続き、多い年は年3回。昨年までの訪問累計数が実に24回で、年数でも回数でも群を抜く、長くて濃密な家族的おつき合いが続いている。
 ただ、訪問が度重なるにつれて、互いに慣れや緩みが出てしまい、ライブの進行は徐々に難しくなってゆく傾向にあった。利用者の入れ替わりがほとんどないグループホームという形態の問題もあっただろう。
 一昨年末にガンを患ったのを機に、事情を話して訪問数を年1回に減らしていただいたが、それでも昨年の秋祭りでは、まるで手応えのない不本意な出来で、一時は自信を喪失した。


 1年後の今年、これほどまで間隔があくのは初めてのこと。前回ライブの何がいけなかったのか、かなり前からレポを読み返すなどして詳細に分析を試みる。
 数年前から隣接するサ高住の利用者も参加するようになり、微妙に空気感が変わった。それまでは落ち着いた叙情系の歌が好まれる傾向にあったが、場はニギヤカ手拍子系の曲を求めているように思えた。

 そこで今年は方向性をガラリ変え、全曲を手拍子の出やすい曲調でまとめることを決意。それに合わせてギター奏法はノリの良いストローク調で統一する。
 屋外会場なので使うPAもパワーの弱い乾電池式はやめ、交流式のローランドCM-30を選択した。電源は交流式のポータブル電源を持参。屋外ステージ用に作った電子譜面シェードも、この日初めて使う。
 施設側のオープニングセレモニーなどあって、13時10分くらいから歌い始める。聴き手は例年より多く、地域住民も含めて60名ほどか。練りに練ったセットリストは以下の6曲。

「高原列車は行く」「東京音頭」「おかあさん(森昌子)」「お富さん」「高校三年生」「花笠音頭」


 この種のお祭り系の場では、特に運営側が手拍子で場を乗せたがる傾向にあって、この施設でもその例外ではない。特に1曲目はノリの良い曲を持ってくることが必須。今回はそれを6曲20分間通してやり通すという、大胆な試みだ。
 多少の不安もあったが、高齢者でも無理のないペースで手拍子が打てる曲を慎重に選んだこともあって、最後まで手拍子が途切れることはなかった。
 飲み物は出されていたが、まだ食べ物がテーブルに行き渡ってなかったことも味方した。(食事に忙しいと、手拍子が打てない)

 ほぼ思惑通りに運んで、時間通りに終了。ただちに撤収しようとしたら、職員さんから打合せにないアンコールが飛び出す。リクエストを募ると、入居者の方から「北国の春」をぜひに、との要望。
 歌いながら手応えがあったので、(もしやアンコール…)という感触は正直あった。この施設でのアンコール自体が実に久しぶりのこと。
 終了後、複数の方から同じ主旨の声をかけられた。声の透明感、少しも衰えてませんね、と。
 この日の声の調子は抜群というわけでもなく、ごく普通である。1年間の間隔があいたことによる新鮮さが、そんなふうに聴こえたのだろう。やはり飽きや慣れは怖い。自分の場合、同じ場で同じ聴き手に対しては、年1回が限度だ。

 とはいえ、叙情系バラードが皆無のセットリストで、声の透明感が…、という評価には当惑しつつも、ある種の自信にはなった。
 ジャンルが民謡であろうが演歌であろうが、はたまた歌謡曲であろうが、歌い手の歌唱次第で聴き手の耳には心地よく届く、ということか。歌い手としての「味」が出せるようになったのだとしたら嬉しいが。

2015年9月4日金曜日

オシロイバナ咲くよ

 妻の強い要望で6月下旬に種をまき、10日後に芽を出した庭のオシロイバナ。その後の天候不順にもじっと耐え、2ヶ月余りもかかって、ようやく小さな蕾をたくさんつけた。
 まだようやく色が分かる程度だが、水やりや草取りなど、それなりに面倒をみた妻も喜んでいる。


 オシロイバナは赤、黄、白の3色あるらしいが、いまのところ白い花は見当たらない。部分的に色が混じっている花も咲くことがあるとか。期待しよう。

2015年9月3日木曜日

汚水桝通気口カバー

 1週間前に施した台所系汚水桝の異音対策、蓋に開けた通気穴には10ミリ厚のタイルを上に載せてあったが、昨日の記録的な大雨でボコボコ音が突然復活してしまった。
 タイルと蓋との間には微妙な隙間があり、晴れのときにはそこからの通気が可能だったが、昨日のような大雨の場合、真上にある軒先から間断なく雨が落下し、タイルと穴の隙間が水封状態になってしまうようだ。

 同じタイルは他の2つの汚水桝にも同時に置いたが、風呂の排水でも昨日はボコボコ音が復活していた。これはまずい。


 タイルは使えないと分かったので、いくつか検討していた別の案に差し替えることにする。台所以外の2つの汚水桝には、割れたブロックのカケラをU字形の部分が穴の真上にくるように載せてあり、これで15年余り問題がなかった。
 しかし、大きすぎてデザイン的にもパッとしない。草刈りの折にズレやすいという欠点もあり、あまり使いたくない。

 使っていないプラスチック製植木鉢があり、上からかぶせるとサイズはぴったり。底の穴が大きすぎるので前回はボツにしたが、内側に別のプラスチックを丸く切り抜いてビス止めすると問題なく使える。
 プラスチックは意図的にルーズに切り抜いて、通気自体に支障がないようにした。


 同じ手法で他の汚水桝にも同じデザインのカバーをつける。豪雨と虫にはこれで問題ないはずだが、残る心配は、雪と屋根から落ちる氷塊に対する強度。
 こちらの結果は来年の春がくるまで分からないが、ひとまずはこれで凌げる。

2015年9月1日火曜日

夢見るサイロ4作目

 昨日に引き続き、ガリ箱アート展「糸をかし」で展示予定の平面コラージュを作る。中央に配置する正方形作品は、丸い年輪(庭で剪定した木の枝を薄く切ったもの)とそれを取り巻く糸の配置を残して完成。今日はその右に配置する作品「夢見るサイロ」を作った。

 以前にもふれたが、この作品は当初、2枚目のオリジナルCD「夢のしずく」のジャケットカバー用に作った。私の生まれ故郷で酪農を営みながらステンドグラス作品を作っている吉成洋子さんのブログ写真にヒントを得て、コラージュとして仕立てあげたもの。
 それが縁で、吉成さんが主催する今年の「政和アートFes」の「段ボールコラージュ」にも13センチ四方の作品2枚を新たに作って参加した。
 CDジャケット用に作った作品は21センチ四方。スキャナで取り込んで背景はレタッチソフトで仕上げた関係もあり、そのままでは使えない。
 同じ作品を作るのは4度目となるが、今回は仕上がりが16.5センチ四方。過去3作の中間に位置する大きさで、レイアウト等は2〜3作目のものを用い、配置や寸法はそれぞれ細かく比率計算して修正。素材の大半は最初に作ったものを台紙から剥がして再利用した。
(「政和アートFes」に展示分は販売用なので、手元には返ってこない)


 さすがに4度目ともなると、作業も手慣れたもの。唯一残ったのは、左上に配置する「月」をイメージした金色の糸(ヒモ)を渦巻状にした素材の配置。
 構想として、中央の丸い年輪が弾みながら画面を横切り、右の作品「夢見るサイロ」に飛び出して、そのまま月になる、というストーリーを暗示させたい。

 一番左の作品もスケッチまで終えたが、こちらは故郷を俯瞰で見守るカエルをイメージしたもの。タイトルはたぶん「幸せのカエル」か「見守るカエル」あたりか。左の作品から中央の作品へのストーリー性も考えているが、糸と年輪で作った花を橋渡し役として使う予定。
 年輪を配置して貼り付ける作業は最後になるが、仕上がった全体の作品名がまだ未定。「夢見るフルサト」?いやいや、もう少し悩んでみる。