2014年5月18日日曜日

デジカメ壊れた

 4年前に買ったキャノンのデジカメ「PowerShot S95」が昨日、突然動かなくなった。起動スイッチを押しても「レンズエラーがどうの…」とメッセージが表示され、自動オフしてしまう。電池を外して放置したり、スイッチを長押ししてみたりしたが、回復しない。
 人生と同じで、災いはある日突然やってくる。

 ブログを中心に日々酷使してきたし、過去に何度か落としたりぶつけたりもした。SDカードの閲覧だけはできるが、撮れないデジカメでは意味がない。


 ネットで調べてみると、同症状の修理費が12,000円ほど。4年前に買った際の価格は31,000円だったが、性能の向上した新機種がいまは2万円強で買える。「直すより買ったほうがお得」という典型かもしれない。

 幸いに同じキャノンの「IXY201F」という予備デジカメを持っている。上の映像は予備デジカメで撮った。レンズの明るさやセンサー感度、映像エンジンなどでは劣るが、ひとまず使える。新たな投資をするかどうか、予備デジカメをしばらく使ってみて検討したい。


 ちなみに、予備デジカメは上の写真の通りで、3年前の購入時にPowerShot S95で撮った。さすがに抜群の表現力である。

2014年5月17日土曜日

Bloggerへの移行終了

 近日中にサービス停止となるジオログから新ブログ「Blogger」への移行作業が、ようやく終わった。
 Bloggerのインポート機能が不調で、1記事ごとの手作業から始めたのが4/25のこと。途中でインポートが復活したが、画像表示やカテゴリ分類などは全て手作業でやらざるを得なかった。全部で8年分およそ2500記事あり、途中休みながらも、延べ22日間でやり終えた。
_カテゴリ分類の必要性から、全記事にざっと目を通したが、この8年間の自分の生き方暮らし方をなぞるようで、非常に興味深かった。

 冗漫に流れている記事も少なくないが、(よくぞ書いた…)と、自分で感心する記事も稀にある。50代後半から60代前半にかけての自分を振り返る、貴重な時間に結果としてなったように思う。


 ひょっとして同じ作業をやる方の参考になるかもしれないので、手法をざっと記しておきたい。

1)ジオログからYahoo!ブログに全記事を移す。
 現在ジオログを使っている人は、12/19までに申し込むと、ヤフー側でやってくれる。記事が多かった私の場合、申し込んでから終わるまで4日かかった。

2)Yahoo!ブログにはエクスポート機能がないので、別のアプリケーションを使ってエクスポートする。

3)上記サイトからのリンクにより、フリーソフト「YahooブログMT引っ越しツール」(Windows専用)を使って、Yahoo!ブログを「MT形式」でエクスポートする。
 私の場合、画像のエクスポートがうまくいかず、成功したのはテキストのみだった。MT形式のファイルは一般のブラウザで開いてやると読めた。

4)Bloggerに記事をインポートするには、「xml形式」に変換することが必須。そこで3)で出来たMT形式ファイルを、別のアプリケーションでxml形式に変換する。
 ともかくも、こうしてテキストファイルだけは入手できたので、Bloggerの「設定」→「その他」→「ブログをインポート」からインポート。(1回でおよそ300記事が移行される)
 記事ごとに「編集」モードから「ラベル」でカテゴリ分類を、「スケジュール」で書いた年月日を指定。画像は一切インポートされていないので、記事ごとにURLで指定した。

 ジオログではコメント欄もトラックバック欄も閉鎖していたので、これらの情報がどうなるかは不明。粘り強さが要求される作業ですが、粛々と手を動かせば、必ず終わります。
 貴重な情報やアプリケーションを、惜しみなくネット上に公開されている方々に、深く感謝いたします。

2014年5月15日木曜日

リクエスト連発

 今月2度目のチカチカパフォーマンスに参加。風邪もようやく抜けた気配で、体調はよい。会場はナチュラルリバーブの心地よい北4条広場で、天候にも恵まれた。
 地下広場は外よりも寒いか暑いかのどちらかなので、何を着て歌うべきかちょっと迷ったが、薄手のセーターにストール、定番のハンチングに落ち着く。

 共演は今回が3度目となる小樽のギタリスト、浜田隆史さん。15分前に会場に着くと、すでに会場入りしていて、準備中だった。
 先着順の原則通り、14時ちょうどに浜田さんのステージ開始。私の第1ステージは14時35分あたりからで、「内外の叙情歌」を切り口に25分で8曲を歌った。

「翼を下さい」「かなりや」「ハナミズキ」「エーデルワイス」「河は呼んでいる」「さくらんぼの実る頃」「北の旅人」「青葉城恋唄」


 人通りは3日前の月曜よりもさらに少ない感じがしたが、人々の足取りが幾分ゆったりしているのに期待した。しかし、前半は共演の浜田さん以外にほとんど聴き手はなく、普段は抜群に強い「ハナミズキ」でも、ほぼノレンに腕押し状態。
「さくらんぼの実る頃」からようやく立ち止まる人が現れたが、すでにステージは終盤である。共演がいるので時間延長は論外で、予定通りに終えた。
 浜田さんのステージをはさんで、15時30分から第2ステージ開始。「昭和歌謡」を切り口に、25分で8曲を歌う。

「ジョニィへの伝言」「グッド・バイ・マイ・ラブ」「ブルーライト・ヨコハマ」「時の流れに身をまかせ」「アカシアの雨がやむとき」「赤いスイートピー」「酒と泪と男と女(初披露、リクエスト)」「グッドナイト・ベイビー」

 第1ステージと違って、人の集まりは割りと早かった。「時の流れに身をまかせ」で急に立ち止まる人が増え始め、「アカシアの雨がやむとき」を次に歌うことをMCで告げると、聴き手から小さな拍手が湧く。
 この曲は前日になってキーを半音下げた。そのほうが思いを乗せやすいと判断した。暗い曲調だが、シャンソンを得手とする私むきの曲。人前で歌うのは3日前に続いて2度目だが、歌い進むうち、どんどん人が集まってくるのがわかった。急きょ予定を変更し、フルコーラスを歌う。聴き手の強い後押しもあって、満足できる出来だった。


「赤いスイートピー」を歌い終えると、熱心に聴いていた女性がついと近寄ってきて、「あのう…、リクエストいいでしょうか?」と尋ねる。曲にもよりますが…、と応ずると、河島英五の「野風増」を、という。
 てっきり昭和歌謡系と思い込んでいたので、虚を突かれた感じだった。そもそも、「野風増」はレパートリーに入っていない。恐縮しつつ、その旨を告げると、では「酒と泪と男と女」は?と重ねて尋ねてくる。人前で披露したことはないが、こちらは電子譜面に入っている。
 検索しながらお話しすると、河島英五が大好きという。初老のご婦人だが、人の好みはさまざまだ。

 初めての割にはうまく歌えた。ご婦人にもたいそう喜んでもらえた。すると、遠い場所で聴いていた別の女性から、かまやつひろしの「我が良き友よ」を、と重ねてのリクエスト。残念ながらこちらもレパートリーに入っていず、代案もない。持ち時間も迫っていて、慎んでお断りした。
 このところ毎回リクエストが飛び出すという、予期せぬステージが続いている。(リクエストを積極的に受けよう…)という構想はかねてからあって、水面下ではあれこれ準備していた。しかし、特に何もせずとも、自然な流れでそれが実現している。しばし、この流れに身を任せてみよう。
 状況によっては第2ステージまでで撤収することも頭にあったが、この日は喉の調子が抜群によく、前回のように左手がつる兆候もない。夕方が迫り、人の流れはさらに細くなったが、集客を度外視した構成で第3ステージをやることにした。
 16時30分から普段はあまりやらない「フォーク」を切り口に7曲を歌った。私も浜田さんも持ち時間をピタリ厳守し、入替え作業も素早いので、ロスタイムの全くないキビキビした気分のよい進行が最後まで続いた。

「季節の中で」「やさしさとして想い出として(初披露)」「闇夜の国から(初披露)」「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」「風来坊」「惜恋歌(オリジナル)」「傘がない」

 聴き手は数えるほどに減ったが、完全に通りの風になりきり、気分よく歌えた。「傘がない」は期せずして共演の浜田さんに大好評。たとえ同じパフォーマー同士とはいえ、真剣に聴いてくれる人がいるといないとでは、大違いである。
 集客に比例するように、売上げもいまひとつの印象だったが、楽しいステージであったことは間違いない。

2014年5月13日火曜日

百合が原散策

 九州を離れ、単身で札幌勤務中の長男のお嫁さんの住まいに、先日作ったキッチンワゴンを届ける。
 引越しの際に間取りをざっと見ただけで、(たぶんあの辺りに置けるはず…)と、勘を頼りにサイズを決めたが、置いてみると通路に出っ張ることなく、ピタリ収まった。

 背面のコンセントと重なったのが唯一の計算外だったが、スリム型の分岐プラグを使うことで解決。お嫁さんにも喜んでもらえた。
_その後、妻と3人で自宅近くの百合が原公園に向かう。昨年、青空コンサートに出演した場所だが、天気予報が雨で、GW直後の平日とあってか、広い園内は閑散としていた。
 しかし、なぜか雨は降る気配がなく、薄日すら射してくる。前回の花見もそうだったが、このところ天気には恵まれていて、雨の予報がことごとく外れている。


 2時間ほどかけて、全長5キロ近くもある園内をゆっくりと散策。バラやユリ、ラベンダーや藤はまだまだツボミ状態だったが、チューリップとムスカリが見頃だった。遅いサクラやモクレンも数本あって、こちらも堪能。

 入口付近にあった温室売店であれこれ見繕い、我が家用として大葉の苗をひとつ購入。「北海道の花が欲しい」とお嫁さんが言うので、ラベンダーの苗をひとつ買う。スズランの苗も欲しがったが、ちょうど我が家のスズランが芽を出したばかりなので、こちらは買わずに分けてあげることにする。
 歩き疲れたので、公園の隣りにあるカフェに立ち寄り、ワッフルと珈琲のセットを頼んだ。2年ほど前にも来たが、フルーツやアイスクリームが添えられていて、かなりのボリュームである。


 夕方に我が家に到着。まずラベンダーを手持ちの手頃な鉢に移植し、さらには西の庭にたくさん芽を出しているスズランを一株だけ小さな鉢に移植した。
 この2つの鉢は、届けたばかりのワゴンの上に飾ることになりそう。

 夕食後にお嫁さんを車で送り届けたが、最後まで雨には降られず、楽しい一日を過ごせた佳き日。

2014年5月12日月曜日

偶然続きのステージ

 前日夕方の練習で、喉の調子が80%ほどにまで復活した感じだったので、急きょチカチカパフォーマンスにエントリーすることを決意。申込み締切1時間前の20時に滑り込んだ。
 会場は苦手な北3条広場だったが、昼枠に共演者はなく、完全に自分のペースで演れる。

 この日は今季最高の27度を越す夏日を午前中に記録。平日だが、多くの人は屋外の行楽地に出かけた気配で、地下歩道は閑散としていた。
 苦戦の気配を感じつつ、14時過ぎから第1ステージとして「内外の叙情歌」を切り口に歌い始める。

「カントリー・ロード」「赤い花白い花」「夏の思い出」「忘れな草をあなたに」「涙そうそう」「ハナミズキ」「思い出のグリーングラス」「オー・ソレ・ミオ」「アニー・ローリー」


 実は明け方6時近くに、咳が出て止まらなくなった。まだ風邪が抜けきっていないらしく、ただちに起きて大根のはちみつ漬を作って飲み、どうにか咳はおさめた。当日のキャンセルは極力避けたかった。

 そのせいもあってか、調子はいまひとつ。上のキーがギリギリで、音程と声量を普段通りにキープしようと頑張るので、1曲毎に体力を消耗した。
 場の反応もいまひとつで、10人ほどが集まった「ハナミズキ」がこの日の最大集客。全体として手応えは弱かった。
 CDもそれなりに売れたので、早々に切り上げようと思い始めた矢先、見覚えのある中年婦人が目の前に立つ。つい先日、同じチカチカパフォーマンスで昭和歌謡を歌っていたときに絶賛していただき、CDも買ってくれた方だ。

「また会えたわねー。ぜひ2〜3曲聴かせてよ」と言うので、急きょ路線を昭和歌謡に変更し、休憩なしで第2ステージに突入することを即断。
 このご婦人、1曲毎に熱烈な拍手をくれて、近寄ってきた別の人にも、「この人、歌うまいよ。聴いていきなよ」などと誘っている。まるで私のマネージャーのようだった。
 とても3曲では終わらず、結果として8曲を歌うことに。

「男と女のお話」「アカシアの雨がやむとき(初披露)」「赤いハンカチ(初披露・リクエスト)」「ラブユー東京」「つぐない」「ブルーライト・ヨコハマ」「赤いスイートピー」「夕凪ワルツ(オリジナル・リクエスト)」
「赤いハンカチ」は、このご婦人のリクエストで、1曲毎にあれこれ話しながら進めていると、別の女性が近寄ってくる。その顔にもまた見覚えが…。
「以前にも確か聴いていただいてますよね?」と声をかけると、ええ、CDも買いました。その中の1曲が大好きで、何度も何度も家で聴いてます、などと言う。
 どの曲ですか?ぜひ歌わせていただきます、と申し出ると、タイトルは忘れたが、こんな感じ…、とハミングする。「夕凪ワルツ」だ!

 体調がいまひとつのなか、休憩なしで1時間近くが経過し、すでに16曲を歌っている。しかし、このような歌い手冥利につきる展開で、歌わないわけにはいかない。力を振り絞ってリクエストに応えた。
 聴き手の強烈な後押しもあって、過去最高の出来だったと思う。ご婦人にもたいそう喜んでいただけた。


 かってないような刺激的な出来事と疲労の両方で、やや脱力感に襲われた。実は2人のご婦人と話している最中にも、近寄って肩を叩く別の女性がいた。これが何と小学校時代の同窓生。
 数年前の同窓会で50年ぶりに再開してから、チカホで歌っているときに出会うのは、これが3度目。偶然がこれほど続けざまに起きるとは。

 時計は15時を回ったあたり。共演者がいないので、持ち時間は充分に残っているが、17曲を一気に歌って、そろそろ限界を感じ始めていた。打ち切るべきか否か、かなり迷ったが、体力の続くまでもう少し歌ってみようと考えなおす。
 15時15分から25分間で、昭和歌謡を中心に、以下の8曲を歌う。

「レット・イット・ビー」「青葉城恋唄」「パープルタウン」「バス・ストップ」「ブルーライト・ヨコハマ」「東京ドドンパ娘」「抱きしめて(オリジナル)」「グッドナイト・ベイビー」
 6曲目の「東京ドドンパ娘」で、左手に突如異変を感じた。薬指が硬直したまま、全く動かない。いわゆる「つった」状態で、やむなく歌は1番で打ち切った。
 以前にも25曲目前後でしばしば起きた現象だが、スポーツドリンクによるこまめな水分補給をするようにしてからは起きてなかった。しかし、もはや限界である。

 すでに立ち止まる人はほとんどなく、まさに退き時である。しかし、こんな時に限って近寄ってくる人影があった。指はマッサージで少しは動くようになったので、気力を振り絞ってラスト2曲を歌う。
 不思議なことに、こんなに悪い状態でも、最後にCDが1枚売れた。

 最も恐れていた喉の調子は全体を通してまずまずだったが、ギターが押えられなくなるとは想定外。このところの練習不足が原因であることは明らかで、気ままにやれる共演者なしの単独ステージも、体調不良のときは考えものである。

2014年5月11日日曜日

冬の後始末

 気温がぐんぐん上がって、午前中に24度を突破。なぜか室内は22度前後で、外よりも涼しい(寒い?)という珍現象である。
 疲れと風邪が完全には抜けきっていない体調だったが、陽気につられて午後から溜まっていた冬の後始末系の雑事を片づける。

 およそ以下のような作業だったが、気温が高いせいか、動くと咳も止まって、じょじょに気分が乗ってきた。

・氷塊などで傷んだ車の小さなキズを専用タッチペンで補修
・雪の重みで壊れた脚立延長ハシゴのデッキ支持部品の補修
・昨年秋に全交換した南外壁の木材剥離部の補修と再塗装
・スコップ支持部品3ヶ所の補修と再塗装
・折れた紫陽花の枝剪定


 スコップ支持部品は端材の再利用だが、冬の間に思いついて正面の押えを幅広のヌキ板にしてみたが、これが頑丈で風にもあおられず、使い勝手がよい。柄の下端でしばっていたヒモも不要である。
 そこで全部をこのタイプに変更した。

 いつの間にか南東角に植えた水仙の花が満開。最初は5〜6個しかなかったが、放っておいても増えた。園芸関係はあまり得意ではなく、庭には手のかからない花しかない。
 北側にある紫陽花の剪定をやっていたら、ひと塊のフキの葉を発見。今年は周辺空き地のフキが極端に少ないので、さっそく採取して茹でた。明日はフキの佃煮にする。


 夕方までにかなり片づいて、スッキリ。興に乗って弾き語りの練習をしてみたら、喉の調子は80%まで回復していた。ライブも再開する時期到来である。

2014年5月10日土曜日

シルバー大学の講師に

 少し先の話だが、近隣の地区センターが主催する地域中高年対象のシルバー大学講師を務めることになった。

 4年前にロビーコンサートの企画書を持って「営業」に訪れたのがそもそもの発端。運営はNPO法人だが、「地域住民に向けた、地区センターロビーでの叙情歌コンサート」という私の企画はすんなり通って、その年の夏にさっそく歌わせていただいた。

 その後毎年のように地域中高年対象のイベント出演を依頼されるようになり、「シルバー大学の講師もぜひに」と、打診されてはいた。


 話が具体化したのは、昨年秋の地域中高年対象の敬老イベントでのこと。帰り際に館長さんに呼び止められ、今年度の講師として、再度の要請があった。
 過去4年間の実績があるせいか、所属や肩書き、資格は特に不要で、ジャンル(科目)は当然ながら音楽。数年前から(もしやるなら、北原白秋を…)との構想が頭にあり、ありがたくお受けすることに。
 講義内容は「北原白秋〜そして北の叙情歌〜」とすでに決定済み。送られてきた科目表にある私の肩書には、「叙情歌シンガー」と記載があった。

 講義時間は休憩と質疑を含めて2時間。前半に北原白秋の関連曲を、後半に北海道に関連する叙情歌を歌う。
 それぞれ7〜8曲歌うので、1曲あたり6分前後。歌が3分、それに関連する解説が3分という割当てとなりそう。
 すでに候補曲の絞り込みは終えていて、6月一杯をめどに実際に歌ってみて、構成を確定させる。前後半をつなぐ重要なキーとなる曲は、札幌をテーマにした北原白秋の名曲「この道」と、早くから決めている。

 募集人数は80名だが、例年予約で埋まるとのこと。チカホでのストリートライブでもテーマを決めて解説しながら歌うことは多いので、特に戸惑いや気負いはない。
 ただ、ストリートや介護施設ではやりにくい「北原白秋」というテーマで歌えるのは、ちょっとうれしい。地域中高年対象とはいえ、「大学」であるには違いなく、ある程度の格調は必要であろう。