2025年4月8日火曜日

暖房ボイラ点火せず

 2日前の夜、夕食後にテレビを見ていたら、どこからかネコの鳴くような音がした。よくある冷蔵庫の霜取り音とは違い、いままで聞いたことのない奇妙な音だった。
 家中をあちこち点検したが、なにかのアラームが鳴っているわけでもなく、異常はない。アリやダンゴムシならともかく、布基礎に唯一空いている給気口からネコなど入ってくる可能性はゼロだった。

 不審に思いつつ過ごすうち、暖房ボイラの運転音が途切れていることにふと気づいた。室温もやや下がってる。リモコン表示を確認すると、「エラー10番」の表示が点滅し、運転が停止していた。
 あわてて取説を引っ張り出して確認すると、「疑似火災」「フレームロッド短絡故障」という、よくわからない内容のエラー表示だった。ネコの正体はこれだ。
電源ボタンを入れ直し、再びエラー表示が出るときは使用を中止して販売店に連絡を」ともある。
 指示通りに電源をリセットすると、何事もなかったように運転が再開。そのまま0時まで正常にタイマー運転を続けた。


 翌日も異常なくタイマー起動し、0時には正常に停止した。
 購入して丸9年が経過し、その間一度も故障はしていないが、暖房ボイラの寿命と言われる10年も間近。そろそろ故障してもおかしくはないが、もしや復活したのか?と思い始めた翌朝、起きると再び暖房ボイラが停まっていて、同じ「エラー10番」の表示が点滅中。
 先に起きた妻に確認すると、いつ停まったかわからないという。ボイラにふれるとまだ温かく、タイマー設定の7時に起動したのは間違いない。

 同じエラーで2度目の停止で、今度はリセットせずに修理を依頼すべきだった。朝食もそこそこに非常用のポータブル灯油ストーブを点け、まず販売店に連絡する。
 すると修理はメーカー専属のサービス店に直接連絡するのが最も対応が早いと、電話番号を教えてくれた。ただちに電話して症状を説明。30分後には「15〜18時の間に修理にうかがいます」と返答がきた。地元メーカーのせいもあるのか、対応が早い。


 幸いに冬はもう終わりかけていて、ボイラなしでもそう寒くはなく、暖房はポータブルストーブの断続運転で事足りた。
 16時に再度の連絡がサービス店からあり、16時20分には担当者が到着。ただちに修理にとりかかり、寿命がきていたフレームロッド一式と点火プラグを交換。30分ほどであっけなく修理は終わった。
 材料費と出張技術費を併せて、修理費は16,720円。支払いは持参の端末を操作してのカード払い。過去の各種修理では、現金の準備にあわてたこともあったが、時代は着実に進化している。

 新築時に設置のサンヨー製暖房ボイラも同じ9年目に電磁オイルポンプが壊れて交換している。12年目には温水循環ポンプが壊れ、16年目にとうとう現状のコロナ製に全交換した。果たして同じような道をたどるのか?あるいはもっと寿命が早まるのか?現段階では不明。
 いずれにせよ、10年を超えると交換パーツがいつなくなるかわからず、全交換に備えて、次なる製品の吟味や資金の心づもりをしておくべき時期のようだ。

2025年4月7日月曜日

新年度でルール変更

 新年度最初の地区センター図書館、本修繕ボランティアの日である。雪も街からほぼ消え、穏やかで過ごしやすい日和。
 9時半に到着し、参加者は継続メンバー4名、新メンバーが2名、計6名だった。先月の見学会に参加した4名のうち、2名は正式加入になるようで、ボランティア保険の書類も提出していた。

 さっそく作業に取り掛かろうとしたら、作業棚の様子がいつもと違う。3段の棚に名札が貼ってあり、上から順に「前回作業の終えた本」「今回補修対象の本」「今回作業を終えた本」と記載がある。
 係員からの説明で、新年度から各自が担当した本の修復後の状態を、本人が確認する方式に改めたいという。いわば「検本」のような概念で、これまでは係員がやっていたが、補修の責任範囲を明確にし、スキルを向上させるには必要な措置かもしれない。


「前回、自分がどの本を修復したのか、覚えていられない」との声がメンバーからあり、棚に並べるだけでは記憶に限界があるのは確か。
 台帳を作って記録するとか、補修した本に名前入りのしおりを挟むとかの案が出たが、どれも手間がかかりそうでスッキリしない。

 この種のことを継続させるには単純であることが必須。そこで数十年前から私が新聞&雑誌スクラップ整理でやっている「見出しカード方式」を提案した。
 大きめのカードの端部に見出しを記入し、カードの向こう側に情報を順に並べていく手法で、単純だがわかりやすく、検索も容易。
 今回の場合なら、担当者の分だけ記名入りのカードを作り、作業を終えた本を自分のカード横に並べるだけだ。


 ひとまずこの手法でやってみることになり、係員がさっそくA4大の厚紙をメンバー分だけ用意。端部に名前入りの見出しを貼り、図書室の作家別閲覧棚に習って、修理した本は右側に並べることに決まった。

 いろいろあって、実際の修理作業を始めたのは10時を過ぎていた。見返し部分の端部がはがれた絵本の修復に手間取り、ボンドを乾燥させつつ進めたこともあって、これだけで1時間が経過。
 ボンドが乾くまでの時間を使い、同時進行で別の本も修復。ノド部分(ページの谷間)のはがれ修復を中心に、計5冊を終わらせた。

 12時になって修理対象棚から本が消え、この日の全作業が終了。人手が多いとやはり捗る。
「今回作業を終えた本」の棚には、クリップでガチガチに固定された修理本があふれた。2週間後の次回、各自がクリップを外して検本し、問題がなければ通常閲覧棚に復活となる。

2025年4月4日金曜日

旅疲れ〜歌疲れ

 長く私の音楽活動を支えてくれている同年代女性のSさんから紹介され、Sさんと同じ町内にあるグループホームで歌うことになった。
 コロナ禍があけて以降、デイサービスや公的空間で歌う機会はじょじょに増えたが、やや介護度の高いグループホームで歌うのは久しぶりのこと。長いブランクで以前までの定番パターンが通用するのか、一抹の不安があり、事前にSさんと選曲に関して打ち合わせた。

 結果、「サン・トワ・マミー」「幸せなら手をたたこう」「星影のワルツ」「青い山脈」の4曲がリクエストとして挙がった。他3曲に比べて、「サン・トワ・マミー」だけがグループホームとしては異質の要望。熱いシャンソンファンが入居者にいるという。
 予想した通り、時の経過で嗜好はじわじわと変化しているようだ。

 開始は14時で、場所は過去に何度も歌っているSさん所属の町内会館そば。12時50分に家を出て、迷うことなく45分後には先方に着いた。

 会場となる2階の食堂に案内されたが、予想よりも狭く、廊下の一部にも椅子が並んでいる。あとで知ったが、階ごとに1ユニット7名の入居者がいて、食堂に多くの面積は必要ないらしい。
 スピーカーを後部の廊下に置くことで歌うスペースを確保。そうするうち、3階のユニットからも続々と人が集まってきて、聴き手は15名を超えた。
 予定よりやや早くライブ開始。先方の希望通り、30分で11曲を歌う。(※はリクエスト)

「北国の春」「おかあさん」「ソーラン節」「バラが咲いた」「南国土佐をあとにして」「幸せなら手をたたこう※」「荒城の月」「ろくでなし※」「星影のワルツ※」「月がとっても青いから」「青い山脈※」

「春メニュー」と称して最初に提示したセトリから、リクエストに応じて3曲を入れ替えた。
 最も早くリクエストのあった「サン・トワ・マミー」は、歌う直前なって入居者から「《ろくでなし》は演れないの?聴きたい!」との要望が突然出て、急きょ応じた。


 1週間前の金婚旅行疲れがまだ抜けきれておらず、数日前から声枯れ現象が起きていた。
 いつもなら黒豆茶を2週間飲んで喉の調整をするが、今回は旅のせいで期間が短い。やむなく前日から数年ぶりに喉の漢方薬「響声破笛丸」を服用。さらに「大根ハチミツ」も作って飲んだ。

 各種対策にもかかわらず、出だし数曲は調子が悪かった。喉が不調だとギターのピッキングまで怪しくなる悪循環。
 手探りの進行でも場の反応は悪くなく、自然発生の手拍子や掛け声がどんどん出てくる。それに後押しされるように、声もジワジワと復活してきた。
 尻上がりに調子を出し、盛況のうちに終了。アンコールの雰囲気もあったが、最初ということもあってか、居合わせたSさんが場を収めてしまった。
 撤収中に施設の担当者から、「7月にも同じ要領でやりたいので、歌いに来ていただけませんか?」と打診される。わずか3ヶ月後で間隔が短すぎる気もしたが、断りにくい雰囲気でフラフラと応じた。
 次回は夏の曲中心で構成するにしても、場の嗜好が定番の演歌&民謡系のほか、洋楽の求めもあって、調整に腐心しそうな気配が濃厚。新たに工夫する楽しみができたと、前向きに考えよう。