2026年3月21日土曜日

母の七回忌法要

 亡き母の七回忌だった。命日は3/25だったが、遠方から参加する姉と姪の都合により、4日早めてやることに。
 墓のある山間部の霊園はまだ雪に閉ざされていて、墓参りはもちろん、雪がないときにはやれる墓前法要も不可能。会場は通夜&葬儀、一周忌をやった我が家2階の仏壇前と早くから決めていた。

 雑事の合間をぬって案内状の送付、引き出物や供花、供菓子、お斎(食事)の手配をやり、だいたい整って、依頼してある通夜&葬儀の読経をお願いしたお坊さんにスケジュール確認のメールを送った。
 これまでは数時間後に返信が届いていたが、今回に限ってそれがない。翌日に直接電話しようと考えていたら、深夜にお坊さんの奥様から「主人は先日急逝しました」との予期せぬメールが届く。
 実は昨秋の依頼時にも「いま入院中ですが、来月には退院予定です。来春は大丈夫です」と連絡があり、一抹の不安はあったが、まさか亡くなられていたとは。諸行無常とはこのことか。

 法要は1週間後に迫っていて、遠方の姉と姪は早くから航空券と宿の予約を終えており、変更は不可能だった。別のお坊さんを探すにも、あまりに急すぎる。
 逡巡するうち、「申し訳ないので、引き継ぎをしてくれるお坊さんを紹介したい」との申し出が届く。いろいろあって、予定時間が延びてお昼12時開始となったが、どうにかお引き受けいただいて安堵した。


 当日は未明から真冬のような暴風雪が吹き荒れ、どこまでも試練続きかと嘆いたが、乗り切るしかない。暖房ボイラ温度を75度まで上げ、まず室内を暖めた。
 前日までに家の掃除は済ませ、供花や供菓子、果物も飾って、床には座布団も並べた。昼食のお斎(法事の弁当)が予約時間ピタリに届き、10時過ぎには市内在住の長男もやってくる。施主は私だが、長男は施主に準ずる重要な立場だった。
 11時に遠方の三姉と姪、市内在住の次姉と姪がタクシーに相乗りしてやってくる。11時半には市内の長姉も夫の車でやってきて、参加者全員が無事にそろった。

 11時45分にお坊さんが自家用車で到着。母の葬儀では長男に駐車用の除雪を依頼した記憶があるが、前面道路に雪は積もってなく、駐車に支障はない。
 予定より10分早く、11時50分から法要が始まる。偶然だが、お坊さんは車で10分ほどの近隣に住む方とわかった。この点ではラッキーだった。

足の悪い2名が低い椅子を使用。

 読経と焼香、法話などあって、12時半に法要が終わる。その後はお坊さんを交えて全員で昼食をとる。海外で長くサラリーマンをやっていたというお坊さんの珍しい経歴披露などもあり、終了は13時半。
 夫が迎えにきた長姉が昼食をとらずに先に帰り、次姉と姪は私がJR最寄り駅まで送った。最後に三姉と姪を車で地下鉄最寄り駅まで送り届け、長い長い法要をようやく無事に終えた。

 親戚縁者が久しぶりに一堂に会し、昔話に花を咲かせるのは楽しい時間でもあったが、加齢に伴って、諸準備のために要する気力体力の維持が難しくなっているのも事実。
 3人の姉も高齢となり、全員が集まる形での法要は今後難しそうだ。