2026年5月20日水曜日

オロロン喜寿の旅〜前編

 昨年の金婚旅行に続き、以前から構想にあった稚内への旅に出た。今回は車を使った1泊2日の道内旅行。夫婦で喜寿を迎える節目に加え、私が60年前に企てた自転車による稚内独り旅の足跡を辿ってみたいという意図もあった。
 車の旅はパックツアーにはない自由気ままさがあり、費用も安くあがる。加齢による運転技術の低下や貰い事故、クマ被害などの不安もあったが、人生の残り時間が少ないいま、元気なうちにやれることはやっておきたいという希望を優先させた。

 宿はネットで探し当てた宗谷のペンションを2月に予約済み。
 1週間前からGoogleマップで旅程を詳細にチェックする。トイレ休憩や昼食の場所、その目標時間までざっくりと決めた。


 予定ぴったりの9時に出発。走るのは「日本海オロロンライン」と呼ばれる小樽〜稚内間の全長380kmにわたる長い道だ。
 自宅から北へ数キロ走ると合流できて、先月末にも石狩灯台まで走ったばかり。定番のドライブコースだったが、厚田を過ぎると道は断崖と海に挟まれてトンネルも増えてきた。

 雄冬岬を過ぎてから道路沿いにあった公衆トイレで休憩。持参の珈琲を飲む。気温は低めだが晴れていて、絶好のドライブ日和である。
 留萠を過ぎると60年前に自転車で走った懐かしい国道232号に入る。
 当時は未舗装の砂利道で長い坂が延々と続き、悪戦苦闘した辛い思い出がある。坂は記憶のままだが、快適な舗装路は車だとあっという間だった。


 12時5分前に道の駅おびら鰊番屋に到着。ニシン漁で栄えた頃を伝える重要文化財の旧花田家番屋が隣接している。ここまで順調な走りだ。
 ここで昼食とし、二人とも1,100円のニシンそばを注文する。汁もそばもニシンも絶品で、あちこちで食べた中で最高の味だった。


 12時20分に出発。20分ほどで苫前町にある「ローソク岩」を通過。
 ここでは60年前の自転車旅行でも写真を撮っている。当時より先端がかなり侵食されていて、月日の流れを痛感した。


60年前のローソク岩

 14時10分に道の駅てしおに到着してトイレ休憩。旅行中はずっと腰にコルセットを装着したが、座りっぱなしは腰痛の元凶。定期的な休憩は必須だった。
 節約のためカフェや自販機は極力利用せず、駐車場に停めた車のリアハッチを開け、立ったままで持参の珈琲を飲む。


 天塩から232号を離れ、道道106号へと入る。
 道沿いに巨大な風車「オトンルイ風力発電所」が圧倒的な迫力で建ち並ぶが、人の気配は全くない。


 途中からその風車も途切れ、電柱も標識も人家もない大平原を、ただ道だけがまっすぐ前に伸びる。
 この世の果てにやってきたかのような寂寥感に満ちた風景で、行き交う車もほとんどない。その「何もなさ」が得難い魅力なのだった。


 道道106号から分岐して半島を海沿いに回る宗谷サンセットロードに入り、15時40分に稚内市の北端にあるノシャップ岬に到着。
 近くには国内第2位という高さ43mの稚内灯台がある。60年前の自転車旅行では時間の都合で訪れていない。なぜか妻が灯台周辺の景色をエラく気に入っていた。


 そこから南下し、稚内公園へと向かう。蛇行する細い道を走り、小高い丘の上に建つ稚内市開基百年記念塔に着く。
 丘が海抜170mで、塔がさらに80mある。予定にはなかったが、妻の希望で400円払って展望台まで昇ることになった。

 周囲には海と平原が茫漠と広がり、眺めは抜群。期待していた利尻富士は雲にかすんで見えなかったが、稚内の街並みや宗谷湾、宗谷海峡からその向こうのサハリン(樺太)まできれいに見渡せた。


 帰り道の途中にある氷雪の門で再び車を降りる。丘を下って稚内港北防波堤ドームも車窓からチラリ見届けて、予定していた稚内市の名所旧跡はすべて回った。


 時計はすでに16時40分。急ぎ車を走らせ、予定ぎりぎりの17時に宿泊地のペンション亜留芽利亜(アルメリア)にすべり込む。ネット検索で見つけたが、割安で清潔なせいかユーザー評価は高い。

 部屋は2階北西側のツイン洋室。バルコニーから宗谷海峡が目の前に広がる。風呂は部屋と共用大型の2つある。



 夕食は18〜19時。カニやウニを始めとする海鮮料理が中心で、「高齢者少量コース」を選んだが、食べきれなかった。タコしゃぶが絶品。

 食事を終えた18時40〜45分ころ、海峡に沈む美しい夕日と、昼間は霞んでいた利尻富士が食堂の窓から同時に観られた。幸運だった。


 妻も私も鼻水や咳、喉痛などの軽い風邪症状があり、宿のWi-Fiがなぜか繋がらないこともあって、早めに床につく。(後編に続く)

《1日目の走行データ》
・走行距離:340.7km  ・平均燃費:32.3km/L